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精神医学

自閉症スペクトラム障害と統合失調症

自閉症スペクトラム障害(ASD: Autism Spectrum Disorder)統合失調症(Schizophrenia) は、一見まったく異なる精神・発達障害と考えられがちですが、歴史的・臨床的・研究的に見ても、両者の間には以下のような興味深い関係や共通点・相違点が指摘されています。


1. 歴史的背景と名称の混同

  • 歴史的には「小児期統合失調症」との混同
    かつて自閉症の概念が確立する以前(1940年代頃)、子どもに見られる重度の社会的孤立やコミュニケーション障害は「小児期統合失調症」や「幼児期精神分裂病」などと呼ばれた時期がありました。
  • カナー(Kanner)の古典的自閉症
    その後、レオ・カナーが自閉症を独立した概念として提唱し、現在では「自閉症スペクトラム障害(ASD)」として分類されるようになりました。

このように、歴史的経緯として 自閉症と統合失調症が一時期混同されていた ことが、両者の関係性についての議論の下地となっています。


2. 臨床症状の類似点と相違点

2-1. ASDの主な特徴

  • 社会的コミュニケーションや対人相互作用の困難
  • 限局された興味・反復的行動パターン
  • 感覚処理の偏りやこだわり
  • 症状の多様性(スペクトラム)

2-2. 統合失調症の主な特徴

  • 陽性症状(幻覚、妄想、思考の錯乱など)
  • 陰性症状(意欲低下、感情の平板化、社会的引きこもりなど)
  • 認知機能障害(注意・記憶・実行機能などの低下)

2-3. 類似点

  • 社会的孤立やコミュニケーションの困難:統合失調症の陰性症状(社会的引きこもり、感情表現の乏しさ)と、ASDの社会的コミュニケーション困難は外から見ると似た様相を示す場合がある。
  • 認知機能の歪み:両者ともに「柔軟な思考の難しさ」や「情報処理の偏り」を示すことがあり、社会性や日常活動に支障を来す。
  • 誤解を受けやすい言動:ASDの方が空気を読まずに発言したり、奇異な興味に没頭したりする行動が、周囲からは「奇妙な思考・妄想」と捉えられる場合もある。

2-4. 相違点

  • 幻覚・妄想などの典型的な精神病症状:統合失調症の核となる陽性症状はASDには基本的に含まれない。ASDでは明確な幻覚や体系的な妄想は通常生じない(ただしごくまれに併発する場合あり)。
  • 症状の発達的経過:ASDは生まれつき(幼少期から)の発達特性として現れ、生涯にわたって持続するのに対し、統合失調症は多くの場合10代後半〜30代前半に発症する。
  • コミュニケーション困難の原因:ASDでは主に「社会脳(他者の視点や意図を読み取る)の未発達や偏り」が原因。統合失調症では「精神病症状による対人不信や思考障害」が主因となることが多い。

3. 併存(併発)や誤診の可能性

  • ASDと統合失調症の併発
    近年、ASD当事者の中には、思春期以降に高度なストレスや二次障害として不安・うつとともに「軽度の精神病症状(妄想的思考や過敏な被害意識など)」が出現するケースが報告されています。必ずしも典型的な統合失調症に移行するとは限りませんが、ごく一部は統合失調症を併発する可能性があります。
  • 誤診のリスク
    • ASDの特性(独特な発言や自己中心的に見える行動)が、周囲には「被害妄想」や「感情障害」と映ることがあり、誤って統合失調症と診断されることがある。
    • 逆に、統合失調症の陰性症状が強い場合、医師が発達障害を疑うことがあり、診断が混乱する場合も。

4. 脳科学・遺伝的視点

4-1. 脳機能・構造の差異

  • ASD:社会脳ネットワーク(前頭前野、側頭頭頂接合部、島皮質など) の機能結合や感覚処理回路に特徴的な偏りがしばしばみられる。
  • 統合失調症:前頭前野-辺縁系回路の機能不全(ドーパミン仮説・グルタミン酸仮説) や、灰白質容積の変化がよく報告される。

4-2. 遺伝的リスクの重なり

  • 最近の大規模ゲノム研究では、ASDと統合失調症の一部の遺伝子変異に重複が見られるという報告もある。
  • ただし遺伝子レベルでの重複があっても、最終的にどのような症状・障害特性として現れるかは、他の遺伝要因・環境要因・発達過程の相互作用によって大きく変わるため、単純に「同じもの」とは言えない。

5. 支援・治療のアプローチ

5-1. ASDがベースにある場合

  • 発達支援(ソーシャルスキルトレーニング、認知行動療法など):社会的コミュニケーションや情動理解のスキルを学習・補強する。
  • 環境調整:感覚過敏やこだわりを理解し、ストレス要因を軽減する。
  • 二次障害への対応:不安・うつ・(場合によっては)軽度の精神病症状などがあれば、薬物療法やカウンセリングでサポート。

5-2. 統合失調症が主訴の場合

  • 薬物療法(抗精神病薬):陽性症状(幻覚・妄想)の軽減に効果的。
  • 心理社会的支援:認知行動療法、家族支援、デイケアなどで、再発防止や社会復帰を支援する。
  • ASDとの併存が疑われる場合は、発達支援の視点を同時に組み込み、社会コミュニケーション面の特別な配慮や指導を行う必要がある。

6. まとめと展望

  1. 歴史的混同
    • かつては自閉症が「小児期統合失調症」とされていた時期があり、両者の境界は混乱していた。
  2. 症状レベルの似ている部分
    • 社会的孤立やコミュニケーション困難、思考の特異性など、表面的に類似する側面があるため、誤診や併存が問題となることがある。
  3. 核心症状の違い
    • ASDは発達の段階からの社会性・コミュニケーション・行動面の特性であり、統合失調症は主に思春期以降に発症し、幻覚・妄想などの精神病症状を伴うことが大きな違い。
  4. 脳科学・遺伝学的にも部分的重なりがある
    • ただし病態全体が同じわけではなく、それぞれ独自の神経回路・遺伝要因が関与。
  5. 臨床・支援の両視点
    • ASDがベースにある統合失調症、あるいは統合失調症の陰性症状のなかでASD的に見える行動があるなど、実践の現場では症状を丁寧に評価し、発達支援と精神医療的対応の両面からのアプローチが求められる。

今後も研究の進展により、ASDと統合失調症の脳内メカニズムの重なり相違点がさらに明確になり、個人に合わせたより精密な診断・治療・支援方法が開発されることが期待されます。いずれも本人の特性や生活背景を総合的に理解し、適切な環境調整や心理社会的支援を行うことが重要です。

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