注意欠如・多動症(ADHD: Attention Deficit/Hyperactivity Disorder)は、精神医学では「神経発達症(Neurodevelopmental Disorders)」の一つに分類され、主に以下の3つの症状領域で特徴づけられます。
- 注意力の不足・維持の困難(不注意)
- 過度に落ち着きがない(多動性)
- 衝動的な言動(衝動性)
これらの症状が年齢相応の発達レベルに比して顕著であり、学業・仕事・家庭生活などの複数の場面で支障をきたす場合、ADHDとして診断される可能性があります。以下では精神医学的な観点から、ADHDの概要と診断・治療・支援について解説します。
1. 診断基準と特徴
1-1. DSM-5によるADHDの診断基準
アメリカ精神医学会の診断基準 DSM-5 では、以下の2つの下位分類における症状が複数存在し、日常生活に支障をきたすことが条件とされています。
- 不注意(Inattention)
宿題や仕事などで細部に注意が行き届かない/気が散りやすい/課題を最後までやり遂げるのが苦手 - 多動性・衝動性(Hyperactivity-Impulsivity)
落ち着きがない/席を離れたり、体を絶えず動かす/思いついたことをすぐ口に出してしまう/順番を待つのが苦手
優勢型のタイプ
- 不注意優勢型
- 多動性・衝動性優勢型
- 混合型(不注意と多動・衝動性の両方の症状が明確)
1-2. 年齢と発症
- 症状はしばしば幼児期から始まり、学齢期以降に明確化することが多い。ただし、大人(成人ADHD)になってから診断されるケースも増えています。
- 多動・衝動性の症状は年齢とともにやや落ち着く場合がありますが、不注意の症状は継続しやすく、仕事や家事などで困難を感じる方が多いです。
2. 診断・アセスメント
2-1. 多面的な評価
ADHDの診断は、以下を総合的に評価して行われます。
- 問診・発達歴の聴取
- 幼少期からどのような行動傾向があったか
- 家庭・学校・職場など各場面での困りごと
- 行動観察
- 不注意や衝動性が実際の場面でどのようにあらわれているか
- 心理検査・発達検査
- CAARS(Conners’ Adult ADHD Rating Scales)やWISC/WAIS等の認知機能検査
- コミュニケーションや実行機能など、より包括的な検査
2-2. 合併症の確認
ADHDの方は他の精神疾患や発達障害を併存(合併)することが珍しくありません。
- 不安障害・うつ病
- ASD(自閉症スペクトラム障害)
- 学習障害(LD)
- パーソナリティ特性(境界性パーソナリティ傾向など)
- 物質使用障害(衝動性が影響する場合も)
合併症がある場合は、診断や治療方針に大きく影響を与えるため注意が必要です。
3. 治療・支援
3-1. 薬物療法
ADHDに対する第一選択薬は大きく刺激薬と非刺激薬に分けられます。
- 中枢刺激薬(メチルフェニデート、アンフェタミン製剤など)
- ドーパミンやノルアドレナリンの再取り込みを抑制し、脳内濃度を高めることで注意力や集中力、多動・衝動性の改善が期待されます。
- 非刺激薬(アトモキセチン、グアンファシンなど)
- ノルアドレナリンの調整作用などを中心に行い、刺激薬と同等の効果が期待できる場合もあります。依存リスクが比較的低いとされています。
薬物療法は、あくまでも不注意や衝動性などの症状をコントロールする手段の一つであり、個々の症状や副作用の程度を見ながら調整が行われます。
3-2. 心理社会的支援
- 認知行動療法(CBT)
ADHD特有の考え方や行動パターンを整理し、自己肯定感の向上や日常生活のストラテジー(対処法)を身につける。 - スキルトレーニング
- 実行機能訓練: タスク管理や時間の使い方、忘れ物防止のための工夫など
- ソーシャルスキルトレーニング(SST): 対人場面での衝動的な発言や適切なやりとりを学ぶ
- 環境調整・家族支援
- 予定管理に視覚的支援(カレンダー、アラーム、付箋など)を活用
- 家族や学校、職場への心理教育(本人の特性を理解したコミュニケーションや配慮)
3-3. 地域・社会的支援
- 就労支援
職場での役割調整、勤務時間や業務範囲の見直し、あるいは公的機関・支援団体と連携し仕事を継続しやすい環境を整える。 - 発達障害支援センターなどの活用
地域の専門機関では、生活・就労・対人関係に関する相談ができるほか、家族向けの支援プログラムが実施されていることもある。
4. 精神医学的意義と課題
- 脳機能との関連
神経発達症として、前頭前野を中心とする脳の実行機能や神経伝達物質のバランスの偏りが主要な要因と考えられていますが、個人差も大きく、未解明の部分も多く残されています。 - ライフステージごとの支援
幼児期・学齢期・思春期・成人期・高齢期にわたり、ADHD特性が現れ方を変えることがあります。ライフステージごとの課題に合わせた支援が必要です。 - 合併症への対応
うつ病や不安障害などが併存すると症状が複雑化しやすく、早期発見と包括的ケアが重要です。 - 社会的理解と環境整備
職場や教育現場などでADHDに対する理解が十分に浸透していない場合、本人に大きなストレスや二次障害を引き起こすリスクがあります。周囲の正しい理解と柔軟な環境調整が不可欠です。
5. まとめ
- ADHDは不注意、多動性、衝動性を中心とした症状が日常生活に影響を及ぼす神経発達症です。
- 精神医学的には、行動観察や発達歴、心理検査などを通じて多面的に評価し、合併症の有無を含めて総合的に診断します。
- 治療には薬物療法(刺激薬・非刺激薬)や認知行動療法、スキルトレーニング、環境調整があり、個々の特性やライフスタイルに合わせた支援が求められます。
- 社会全体の理解や包括的支援の拡充により、本人の可能性を活かしながら生活の質(QOL)を高めることが期待されています。
ADHDに対する精神医学的アプローチでは、薬物療法だけでなく、心理・社会的サポートを組み合わせた総合的な支援が重要となります。本人の特性や強みを活かしながら、家庭・学校・職場などで適切なフォローが行われることで、より良い社会参加と生活の質向上につながるでしょう。