過眠症は、夜間の十分な睡眠にもかかわらず、過度の眠気が日中に持続する睡眠障害の総称です。代表的なものにナルコレプシー、特発性過眠症などがあり、脳科学(神経科学)の観点からは、主に以下のようなメカニズムが関与すると考えられています。
1. 覚醒と睡眠を司る脳内ネットワークのアンバランス
覚醒系を支える神経伝達物質・脳部位
- オレキシン(ヒポクレチン):
視床下部外側(外側視床下部)で産生される神経伝達物質で、覚醒を維持し、食欲や代謝なども調整します。ナルコレプシー(特にタイプ1)では、このオレキシンが著しく欠乏またはその受容体機能が障害されるケースが多く、過度の眠気や突然の睡眠発作を引き起こします。 - ヒスタミン:
視床下部後外側部に存在するヒスタミン作動性ニューロンが、脳を覚醒へと導く一翼を担っています。ヒスタミンが減少すると覚醒水準が低下し、過眠症状が出やすくなります。 - モノアミン系(ノルアドレナリン・ドーパミン・セロトニン):
脳幹(青斑核など)や中脳辺縁系で産生され、覚醒や注意力、やる気などに深く関わっています。これらがうまく働かなくなると、過剰な眠気に陥りやすくなります。
睡眠系を司る神経伝達物質・脳部位
- GABA(ガンマアミノ酪酸):
脳内の主要な抑制性神経伝達物質。視床下部前部のVLPO(腹外側視索前野)が放出するGABAが、覚醒系を抑制して睡眠を促します。過眠症の中には、GABAシステムが過剰に活動して脳全体の覚醒レベルを低下させている可能性を示唆する研究もあります。 - メラトニン:
松果体から分泌され、概日リズム(サーカディアンリズム)の調整に重要。夜間に分泌量が増えて眠気を促す一方、昼間は低下します。概日リズムがずれると過眠や不眠を引き起こすことがありますが、主に過眠症というより概日リズム睡眠障害として分類されます。
2. 主な過眠症とその脳科学的特徴
1) ナルコレプシー
- 主な症状:
- 過度の眠気、突然の睡眠発作
- カタプレキシー(情動に伴う一過性の脱力発作。笑う、驚くなどの感情刺激で全身または部分的に力が抜ける)
- 睡眠麻痺(金縛り)
- 入眠時幻覚
- 脳科学的要因:
- オレキシン作動性ニューロンの減少: 特にタイプ1ナルコレプシーでは、自己免疫反応や遺伝的素因などにより視床下部のオレキシン神経細胞が著しく減少・消失していることが多く報告されています。
- レム睡眠制御の破綻: ナルコレプシーではレム睡眠に関連する筋トーヌス低下や夢見が覚醒時に現れやすく、脳内でレム睡眠を調整する仕組みが崩れていると考えられています。
2) 特発性過眠症
- 主な症状:
- 夜間の睡眠時間が十分であるにもかかわらず、強い眠気が日中に長時間持続
- 起床困難や長時間睡眠(10時間以上)、寝起きの悪さ(睡眠慣性)が顕著
- 脳科学的要因:
- GABAの過剰活性仮説: 一部の研究では、脳内のGABAシステムが過剰に働いて覚醒を抑制している可能性が提唱されています。
- サーカディアンリズムの微妙な乱れ: 視交叉上核(SCN)による体内時計の制御がわずかにずれていたり、睡眠中の脳波パターンに通常とは異なる特徴を示したりするケースが報告されています。
- 原因不明の部分が多い: ナルコレプシーのような明確なオレキシン欠乏がないため、病態は未解明な部分が大きく、複数の要因が絡むと考えられています。
3) 反復性過眠症(クライン・レビン症候群など)
- 特徴:
- エピソード的に極端な眠気が現れ、1回の発作(エピソード)は数日~数週間続くこともある。
- 過食や性欲亢進などの行動異常を伴う場合がある。
- 脳科学的要因:
- 視床下部や辺縁系の一過性の機能異常が関与している可能性や、脳幹部の覚醒システムと情動系の制御異常が推定されています。
- 明確な病因はまだ解明されておらず、遺伝・自己免疫・炎症など様々な説があります。
3. 過眠症とサーカディアンリズム
- 視交叉上核(SCN)の役割:
SCNは概日リズムの中枢であり、ホルモン分泌や体温変化、睡眠・覚醒リズムなどを制御します。SCNの機能が乱れると、夜間の睡眠がうまく深まらない、昼夜逆転傾向などが起こり、日中の過度な眠気を生む場合があります(ただし、過眠症全般が単純にSCN異常だけで説明されるわけではありません)。 - メラトニン:
夜間に松果体から分泌される睡眠ホルモンで、強い催眠作用を持ちますが、過剰な眠気の直接の原因になるというよりも、リズムが乱れることで睡眠時間が偏り、結果的に日中の眠気を感じやすくする場合もあります。
4. 過眠症に対する治療・対策
- 生活習慣・環境調整
- 就寝・起床時間を一定にし、昼夜逆転や不規則な生活習慣を改善する。
- 規則的な運動や朝の光を十分に浴びることが、概日リズムを整え、日中の眠気軽減に役立ちます。
- 認知行動療法(CBT)・心理的サポート
- 過眠症状による生活上の支障やストレスを軽減するため、睡眠衛生指導やカウンセリングを行う。
- 抑うつや不安など二次的な心理問題を抱える場合、その治療・サポートも重要です。
- 短い昼寝(パワーナップ)の取り入れ
- 日中の眠気が強い場合、長時間の昼寝は夜間睡眠を妨げる可能性がありますが、15~30分程度の短い昼寝が推奨される場合もあります。
まとめ
過眠症は、「脳内の覚醒システム(オレキシンやヒスタミンなど)の低下や制御異常」「GABAなど抑制系の過剰活性」「概日リズムの微妙な乱れ」など、多様な神経学的要因が複雑に絡み合って生じます。特にナルコレプシーはオレキシン作動性ニューロンの障害が中心的な原因として確立されており、特発性過眠症などは未解明な部分も多いながら、GABAシステムや脳内代謝に関連する説が研究されています。
生活リズムの調整や心理的アプローチなどを通じ、脳の覚醒レベルを適切に保ち、日中の過度な眠気を軽減することが治療のポイントです。過眠症は生活の質や安全面に大きく影響するため、早めの専門的アプローチによる総合的なケアが重要となります。