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精神医学

精神疾患を生じた医師の受療行動と適切な治療


精神疾患を生じた医師の受療行動と適切な治療

茅野分 藤井千代 村上雅昭 水野雅文

抄録: 背景: アメリカでは毎年約300人の医師が自殺で死亡している。日本の医師の自殺は詳細不明である。日本医師会よると会員医師4,055人の53%は自分の健康について相談していなかった。そこで、本稿は医師の受療行動の一端を、匿名性に厳重な配慮をして報告す る。

対象と方法: 東京都中央区の精神科診療所を10年間に受診した32 人の医師の診療内容を検証した。

結果と結論 : 精神疾患を生じた医師の多くが受診前から自己治療としてベンゾジアゼピンを服用していた。中等症以上に相当する症例は精神科医が診療すべきである。否認、抵抗、セルフスティグマを生じる可能性があるため、丁寧な精神療法を行う必要がある。これら診療内容は秘匿情報に相当するため。自施設とは関連のない施設において、プライバ シーに十分配慮して施す。若手、中堅、女性医師など世代や性別に応じた診療が求められる。そして、精神科医自身も高率に患者になる可能性を認識すべきである。

I. はじめに
アメリカでは毎年約300人の医師が自殺で死亡している1)。うつ病が主要因で、躁うつ病、アルコールや物質乱用なども挙げられる。女性医師の自殺は他の女性職種に比べ2.5~4.0倍高い。一般人口において男性は女性より4 倍の自殺頻度であるが、男性医師と女性医師の自殺頻度は同等である。


別の報告によると17)、女性医師の場合セクシュアル・ハラスメントにより自殺率はさらに増加し、特に男性優位の職場である外科や救急医療などに多い。医師は非医師よりも自殺を完遂しやすく、服毒自殺が多い。これは医師が薬物を入手しやすいことと医学的知識により完遂しやすいことによると考えられている。

日本では警察庁より7) 2006年まで医師の自殺者数が公表されてきた。2004年は男性69人,女性10人,2005年は男性79人、女性1人、2006年は男性85 人、女性5人と報告されてい。る。2007年以降は 「医療保健従事者」と総括され実数は不明である。自殺の詳細も全く明らかにされていない。


日本医師会は 「勤務医の健康支援に関する検討 委員会」10) を2008年6 月より2014年3 月まで立ち上げ調査した。会員の医師4055人において、うつ病の評価尺度(QIDS)により、うつ状態8.7%、中等症以上1.9%であった。しかし会員の医師全体の53%は自分の健康について全く相談していなかったという。そこで本稿は、医師の受療行動の一端を調査し、「医師の精神疾患に対する適切な診療」を考察する。

Ⅱ. 対象と方法
2006年4月1日から2016年3月31日までに東京都中央区の精神科診療所を受診した医師免許を有する32人を対象とした。

診療録をもとに、個人情報に関与しない範囲で、診断や治療、受療行動や本人の内省など、医学的知識を有する者が精神疾患に罹患した際の特性を検証する。そして、症例を提示し、医師の精神疾患に対する適切な診療を考察する。

本研究に際し、対象者に診療情報を臨床研究に用いること、全く個人を特定されないようプライバシーに厳重な配慮をすることを対面で説明し、同意の上、署名を得た。ただし、本研究「医師の精神疾患に対する適切な診療とは」という課題設定以前の対象者に対しては、後方視的研究であるため、説明と同意を得ていない。個人情報は決して特定されないよう、厳重な配慮を施した。

Ⅲ. 結果
1. 背景情報
性別は男性15人、女性17人、年齢は平均(SD)37.8(11.1)歳で24-75歳にわたっていた。通院期間(SD)は752(782)日間、転帰は、通院継続中9人、終了7人、転医5人、中断11人である。受診経路はインターネット検索25人、紹介6人、看板1人であった。

臨床医の勤務形態は大学病院9人、総合病院11人、開業医5人、研修医3人、他に医系技官1人、研究医1人、産業医1人などであった。

2. 臨床診断
ICD-10に基づく精神科診断は、統合失調症1人、気分障害14人、不安障害11人、摂食障害2人、パーソナリティ障害2人、神経発達障害2人であった。機能の全体的評定GAF(SD);59.7(7.6)(範囲;45-70)。

3. 症例提示
対象32人のうち性別、初診時年齢、専攻、診断などを考慮した10人の症例を提示して「医師の精神疾患に対する適切な診療」を考察する。

症例1. 男性、30代、整形外科医、統合失調症、初診時GAF;55
家族歴;明らかでない。生活歴;風変わりなところはあるが、優秀な子どもだった。現病歴;医学部時代に自分を噂するような幻聴が聞こえ、精神科教授よりRisperidoneを処方された。卒業後、もう大丈夫かと思い通院・服用は不規則になった。大学の医局を辞めたことも通院から足が遠のく一因だった。しかし「なんか頭がガチャガチャする」と精神科診療所を受診。Risperidone1mgを服用するとスッキリするとのこと。幻聴については明らかでないが、応答は唐突で、脈絡のない会話だった。実家の医院を非常勤で手伝い。受診は不規則で中断した。

症例2. 男性、40代、内科医、うつ病、初診時GAF;60
家族歴;母親がうつ病。生活歴;真面目な性格で、子どもの頃から優等生として育ち、地方大学の医学部を卒業した。東京の大学へ入局後、関連病院の内科副部長として勤務した。現病歴;臨床研修必修化に伴い、中堅医師の退職が相次ぎ、日常診療、研修医の教育など多忙を極め、疲労困憊。抑うつ状態となり、夜間外来を受診した。うつ病の診断にて抗うつ薬を処方、診療に支障をきたさない程度に職務を軽減していき、病状は速やかに改善して終結した。

症例3. 男性、20代、耳鼻科医、躁うつ病、初診時GAF;60
家族歴;父親は外科医で気性の激しい性格だか、精神科への受診歴はない。おとなしくなる時もあり、うつ病相も疑われる。生活歴;幼少期は屈託のない性格だったが、思春期よりもの思いに耽るようになった。その後、親の期待に添い医学部へ現役入学した。現病歴;3年生時に明らかな抑うつ状態となり、勉強が手につかなくなる。父親から睡眠薬など処方を受けたが改善せず、学内の精神科へ通院開始、うつ病と診断された。病状遷延、1年間留年して卒業した。卒業後、臨床研修の忙しや厳しさから病状動揺し、土曜外来を受診した。病歴より、父親譲りの激しい一面を持ち、カッとなったり、過活動になったりと躁的エピソードを認めた。パニック発作も併発していたが、父親から処方されていたベンゾジアゼピンを依存・乱用していた。このため躁うつ病という診断のもと気分安定薬へ置換した。

症例4. 男性、80代、外科医、躁うつ病、初診時GAF;60
生活歴;豪放磊落な性格で、若い頃は仕事に遊びに思う存分、邁進してきた。その反面、ある時期、思いつめることもあった。現病歴;初老期になり躁とうつの周期が短くなり、明らかに躁うつ病と診断しうるようになった。このため医師の息子の紹介で受診した。精神科の治療を開始したところ、大動脈解離のため入院。術後せん妄を生じたため、大学病院へ転院した。

症例5. 女性、20代、研修医、適応障害、初診時GAF;50
家族歴;父親が内科・開業医、両親とも睡眠薬を服用している。生活歴;従順な性格で両親の期待に添い、医学部へ進学した。弟は工学部へ進学した。現病歴;大学は問題なく卒業したが、市中病院で外科研修中、長い拘束時間と強い上下関係から不安・抑うつを覚え、土曜外来を受診した。適応障害ながら、本人の意向で計3ヶ月間、休職療養した。復職へ向け、認知再構成や段階的暴露を行うも、予期不安は治らなかった。元の病院への復職は困難のため、大学病院と相談し、学内の内科で研修再開した。研修が軌道に乗り、診療終了した。

症例6. 女性、40代、皮膚科医、パニック障害、初診時GAF;65
家族歴;母方祖母が更年期に被害妄想を生じていた。生活歴;両親とも開業医、医師になるべく幼少期から英才教育を受けた。順調に医師となり就職、医師の夫と二人の子どもをもうけて幸せに暮らしていた。現病歴;X-5年、乳がんに罹患、抗がん剤および摘出手術を受けた。死の恐怖から不眠、不安を生じた。内科医の夫からベンゾジアゼピンを処方されたものの治らず。X年、地方都市から上京して受診。SSRIおよびストレスコーピングについてその都度相談した。夫が向精神薬の使い方に習熟していないこと、多忙にてなかなか本人の話し相手になれないこと、地元の精神科医へ相談するのもためらわれることなどから、本人は新幹線により通院している。

症例7. 女性、30代、内科医、摂食障害、初診時GAF: 45
家族歴:父方祖母が統合失調症、両親は教員、厳格な家庭に育った。生活歴・現病歴:本人は繊細な性格、思春期より抑うつ症状を生じた。医学部の受験勉強中、ダイエットをはじめ5kg減り、嬉しくそのまま続けた。気づくと体重35kg/身長155cmになった。心配した母親に連れられ精神科を転々とした。受験勉強も思うように進まず、2浪をして医学部へ入学した。学生時代は精神科へ通院しなかった。拒食から過食嘔吐へ転じ、学生生活はかろうじて送られた。しかし、卒業後、医師を続けるには、過食嘔吐を止めることはもとより、心身の安定を図らなければならないと思い、精神科の夜間外来を受診した。さらに、まだ両親に結婚や跡継ぎなど多大なる期待を背負わされていると涙ながらに話した。通院継続している。

症例8. 女性、30代、麻酔科医、パーソナリティ障害、初診時GAF: 55
家族歴:父親は会社経営者、アルコール依存症ながら無治療のまま、食道静脈瘤破裂にて急死した。生活歴・現病歴:幼少期より暴力的な父親を恐れ、庇護的な母親のもとに育った。思春期より、優しい男性を求め、恋愛関係を重ねた。医師となってからは医局の先輩の妻子ある男性医師と交際が続いた。男性は妻子と別れ本人と再婚すると言いながら数年が経過した。このままの将来を考えると、夜は眠れず、居ても立っても居られなくなり、土曜外来を受診した。はじめは症状など断片的な訴えであったが、生い立ちを繰り返し語るにつれ、自分の問題を客観的に認識できるようになった。そして「別れるのは辛いけれど、これからの人生を考えると、いま別れるしかない」という結論へ至った。その後、通院中断し、転帰は不明である。

症例9. 女性、30代、麻酔科医、パーソナリティ障害、初診時GAF: 45
家族歴・生活歴・現病歴:両親とも教員ながら精神的暴力はもとより、身体的暴力も含め厳しく育てられた。地元の名門高校を卒業後、2浪をして医学部へ進学。医学部時代から異性関係が原因で、情緒不安定になった。卒業後、職場の男性と交際し、結婚の約束までしたものの、遠距離恋愛の末、別離となり、抑うつ状態となった。初診時はベンゾジアゼピンを大量服薬した。希死念慮を認めるため、入院目的で他院紹介した。
 
症例10. 男性、50代、内科医、神経発達障害、初診時GAF: 50
家族歴:兄が強迫性障害に罹患。生活歴・現病歴:幼少期よりひきこもり、こだわりが強く、幼稚園や学校では仲間はずれにされた。しかし知的にすぐれ、国語や算数は数学年上の教材を解いて親を喜ばせた。数学科へ入学後、医学部へ編入した。医学部卒業後、生化学教室にて研究したが、成果が上げられず、臨床へ転向したものの、現場に馴染めず、ますます混乱を深めた。教科書や数式とは異なることばかりでパニックを起こす連続だった。同僚に処方箋へサインしてもらい、ベンゾジアゼピンを処方・服用したが、次第に効かなくなってきたため、どうすればいいかと悩み、精神科を受診した。改めて上記診断であることを確認、障害特性を自覚し、問題へ冷静に対処できるよう、コーピング・スキルなど情報提供した。その後、問題に応じて断続的に通院継続している。

Ⅳ. 考察
1. 概要
東京都中央区の精神科診療所を10年間に32人の医師免許を有する者が受診した。夜間・土曜診療を提供しているため、多忙な医師が比較的多く受診したと推察される。受診経路としてインターネット検索の多いことも特徴的である 3)。

統合失調症は1名のみ(症例1)。約1%と言われる有病率からしても少ないことは予想される。就労・診療していくには、軽症で、処方も少量であることが望ましい。今回の調査には該当しなかったが、中等症や重症の症例は10代後半から20代前半の若年にて発症し、医学部進学は困難、進学しても卒業は困難であることが推測される。医師免許の交付においては「精神障害者」と認定された場合、平成11年のノーマライゼーション理念以降、「相対的欠格事由」とされ、必要に応じ医師の診断書が求められるようになった。


気分障害が最も多かった。中等症以上では就労困難となり、単極性うつ病では適切な抗うつ薬を必要とする。日本うつ病学会・治療ガイドライン・大うつ病性障害 11) は精神療法やベンゾジアゼピンのみの治療を推奨していない。やはり精神科を受診し、ガイドラインに沿った治療を受けるべきである。心理教育および新規抗うつ薬や認知行動療法により改善する。症例2のように、休職・療養まで至らず、異動や調整により対処しうる。


2. 医師の「自己治療」
精神疾患を生じた医師の多くが受診前から「自己治療」していた。ほとんどが「ベンゾジアゼピン」の服用であった。症例3,6のように開業医の父や夫から処方されている場合もあれば、症例10のように仕事の合間に同僚から処方箋にサインしてもらう場合もある。適切な抗うつ薬を服用している例はなく、抗躁薬や抗精神病薬を事前服用している例は皆無であった。ベンゾジアゼピンの乱用・依存が問題視されている昨今、医師も安易に服薬している様子がうかがわれた。


気分障害や不安障害を詳細に診療すると躁うつ病やパーソナリティ障害、神経発達障害と考えられる例も少なくなかった(症例3,4,8,9,10)。しかし本人の医学知識が否認や抵抗をもたらし、直面化を欠いた表面的な診療に終始することも往々にして生じる。現状は辛いけれども自分は軽症でありたいと思う逃避もうかがえる。このような事例はじっくり時間をとり、自分と向き合う勇気を培う取り組みを要する。これこそ「精神療法」にほかならない。

3. セルフスティグマ
このような否認や抵抗の心理に関連し、精神科リハビリテーションにおいて「セルフスティグマ」5)という心理も生じる。患者自身の精神疾患に対するスティグマにより、自分が社会的スティグマを受けるべき存在であるとみなすことを意味する。これが高いと受療行動は遅れ、DUI, Duration of Untreated Illness 3) (疾患の未治療期間)が延びる。今回の調査は多くの例で事前にベンゾジアゼピンの服用をはじめとした自己治療をしているため、DUIは不明であった。DUIを短縮するには医学部での教育はもとより、理想的には思春期・青年期に相当する中学・高校の教育において、スティグマを払拭するための取り組みが求められる。

国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 地域精神保健・法制度研究部 より

4. プライバシー、守秘義務
精神科の診療内容は全てが高い「プライバシー」2)に相当する。診療では家族や友人へも話したことのない「秘匿情報」が多く語られる。それを自分や知人の勤める病院で電子カルテにより関係者に開示・漏えいされることがあってはならない。治療場面で「守秘義務」2)としつつも、気がつくと医療従事者の噂話として漏れ伝わる可能性も否定できない。従って、医師の精神疾患の治療は自分と全く関係ない病院で実施するのが望ましい。日本医師会の調査6)10) においても、自分の健康を全く相談しない53%の会員の理由として、「同僚に知られたくない」、「自分が弱いと思われたくない」、「勤務評定へつながる恐れのある」ことが挙げられた。アメリカやカナダでは、医師会ごとに”Physician health program”が設けられ、厳格な「守秘義務」2) のもとサービスが提供されている 6)19)。

5. 若手医師、中堅医師
若手医師には不安障害・適応障害もしくはうつ病・ディスチミア親和型(症例5)、中堅医師にはうつ病・メランコリー親和型が認められた(症例2)。これは一般の社会人と同様である。技量も人格もまだ十分に成熟していない若手医師は慣れない研修生活で悩み、抑うつ状態となる。研修医の2-3割が罹患しているという報告もある 12)13)。


その一方、中堅医師にかかる負担も深刻である。総合病院では中堅医師の開業・独立などが相次ぎ、残された中堅医師にかかる負担が益々増加している。内科や外科などもともと負担の大きい診療科ではなおさらで、「燃え尽き症候群」からうつ病へ移行する例も多い 13)16)。

6. 女性医師のメンタルヘルス
女性医師は女性としての生き方をめぐり様々な葛藤を覚える(症例5,6,7,8,9)。研修医は妊娠・出産という必然のブランクを目前にして、専門科目、結婚相手、結婚時期、ワーク・ライフ・バランスなどについて悩む。もともと女性は精神疾患の罹患率の高いところに、このような葛藤が重なり、緒言の通り1)、女性医師は高率にうつ病や自殺を生ずるのではないかと考えられる。

7. 真面目な性格の医師たち
医師の多くは真面目な性格で、ともすると「完璧主義、強迫的」であるという 6)8)。症例2のように生来、真面目な性格で、幼少期から優等生として育った医師もいれば、症例5,6のように親も医師で、幼少期から医師になることを期待され、「過保護・過干渉」に育てられた医師もいる。どちらも、素直な性格で学校や職場へ過剰適応すると、気分障害や不安障害をきたすことがあるだろう。適切なストレスコーピングが行わないと、症例3,8,9,10のように、恋愛や薬物へ依存することもあるかもしれない。

8. 精神科医のメンタルヘルス
受診した医師の中に精神科医も2人いた。2人とも中等症うつ病であり、自分の正確な病態を認識していなかった。やはりベンゾジアゼピンにより自己治療しており、「自分でもどうしていいか分からなくなり受診した」とのことだった。経過では、SSRIにより十分改善せず、三環系抗うつ薬を用いた。自己治療では回復困難なケースであり、改めて「援助希求行動(help seeking behavior)」を起こす危険水域を見極めなければならない。

1967-1972年の5年間、アメリカの医師の死亡者18730人のうち自殺者593人をPittsらが解析したところ 5)15)、精神科医は予想数の2倍、自殺していた。精神科医が他科の医師よりストレスの多い生活を送っているエビデンスはなく、気分障害および続発したアルコール関連障害により生じたと考えられ、さらに、Pittsらの試算によると精神科医の1/3は気分障害に罹患しており、その数は一般人口の3倍であり、気分障害に罹患した医師が精神科を専門にしているのではないかと推論している 15)。


日本の状況は今回の調査や過去の知見においても明らかにされたことはない。ただし精神科医はストレスを感じつつも、十分なコーピングをしていないようである。表立って語られることもなかったが、2001年過ぎから、中井 9) 高橋18) 大西14)らがようやく発表しはじめた。

それらによると、精神医療はまだエビデンスに基づいていると言えないため、たずさわる精神科医は葛藤を生じやすい。さらに、慢性・重症の患者を診療することも多い。これは患者とともに回復や治癒を実感しづらい状況をもたらし、「燃え尽き症候群」を引き起こす。患者が自殺に至ると、その危険は一層高まる。これらの対策はまだ整っていない。これまで「医局が精神科医の「たまり場」となり、難治性の患者を担当する医師による「わかちあいの会」が自然発生した9)。臨床研修制度改革後、「会」の存続は明らかでないが、日本の精神科医がストレス状況に置かれていることは確かである。精神科医である自分も患者となる可能性を認識すべきであろう。この認識は臨床家自身がメンタルヘルスを良好に保つことにつながる。

Ⅴ. おわりに
精神疾患を生じた医師の多くが受診前から自己治療として「ベンゾジアゼピン」を服用していた。中等症以上に相当する症例は精神科医が診療すべきである。双極性障害やパーソナリティ障害、神経発達障害など考えられる場合は、「否認、抵抗、セルフスティグマを生じる可能性があるため、十分な精神療法を行う必要がある。診療内容は全て秘匿情報に相当する。その医師と関連ない医療施設において、治療されることが望ましい。若手、中堅、女性など世代や性別に応じた診療が求められる。精神科医である自分も患者になる可能性を認識すべきであろう。この認識は臨床家自身がメンタルヘルスを良好に保つことにつながる。


なお、本研究は症例報告というよりも、特定の特性を持つ連続症例の検討であり、多数例研究にあたる。昨今、多数例研究では倫理委員会において、あらかじめ研究承認を求める動きのあることを筆者らは承知している。本論文は対象となる32名の受診者のうち書面により研究同意を得たのは10名のみであり、残る22名からは同意を得ていない。しかしこれら22名についてはその属性を分析対象とするのみであること、日本医師会、勤務医の健康支援に関する検討委員会からの報告にあるように、医師の健康問題、とりわけ精神保健に関する問題は深刻かつ喫緊の課題であり、最大多数の最大幸福を尊重する自律尊重の立場からも倫理的に許容される研究方法と判断した。

文献
1) American Foundation for Suicide Prevention: https://www.afsp.org
2) 水野雅文,藤井千代,村上雅昭,菅原道哉:精神科臨床倫理、第4版.星和書店,東京,2011.
3) 茅野分,水野雅文,長谷川千絵ほか:インターネットを利用した精神障害の早期発見・早期治療 – DUI(duration of untreated illness,疾病の未治療期間)を短縮するために – .精神科治療学23: 579-586, 2008
4) Corrigan, P.W. and Watson, A.C.: The paradox of self-stigma and mental illness. Clin. Psycho. 9: 35-53, 2002
5) Craig,A.G. and Pitts,FN.,Jr : Suicide by physician. Disease of the nervous system763-771, 1968
6) 保坂隆(編著):医師のストレス.中外医学社,東京,2009
7) 警察庁生活安全局生活安全企画課:http://www.npa.go.jp/
8) 松島英介,保坂隆(監訳):医師が患者になるとき.メディカル・サイエンス・インターナショナル,東京,2009
9) 中井久夫:精神科医の精神健康の治療的意義:精神科治療学16:545-550.2001
10) 日本医師会、勤務医の健康支援に関する検討委員会:http://www.med.or.jp/doctor/hospital_based/support
11) 日本うつ病学会・治療ガイドライン・大うつ病性障害:
http://www.secretariat.ne.jp/jsmd/mood_disorder/
12) 織田進:医師のメンタルヘルス.産業精神保健17:4-8,2009
13) 岡本博照:わが国の医師のメンタルヘルスの評価と状況.産業精神保健17:97-101,2009
14) 大西次郎:中堅医師のメンタルヘルス:精神科治療学23:776-780, 2008
15) Rich,C.L. and Pitts,F.N.,Jr : Suicide by psychiatrists: A study of medical specialists among 18730 consecutive physician deaths during a five year period, 1967-72. J Clin Psychiatry 41: 261-263, 1980
16) 佐野信也:医療者の「燃え尽き症候群」.精神科治療学26:370-373.2011
17) Schernhammer, E.: Taking their own lives – the high rate of physician suicide. N England J Med 352: 2473-2476, 2005
18) 高橋正雄:医師のメンタルヘルス:日本医事新報4237:41-45.2005
19) 和田耕治:諸外国における医師の健康を守る取り組み:医学の歩み227.131-134

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