注意欠陥・多動性障害(ADHD:Attention Deficit Hyperactivity Disorder) と 双極症(Bipolar Disorder) は、それぞれ発達障害・気分障害に分類されるため、一見するとまったく別の病態のように思われがちです。しかし、実臨床では両者の症状が一部類似・重複したり、併存(共存)したりするケースが少なくありません。以下では、ADHDと双極症の主な特徴、共通点や相違点、併存時の診断・治療上のポイントについて概観します。
1. ADHDの基本的特徴
- 主症状
- 不注意(集中力の持続・細部への注意が難しい)
- 多動性・衝動性(落ち着きがない、突発的な行動や発言)
- 発症・経過
- 典型的には小児期(学齢期)に症状が顕在化し、その後も成人期に至るまで持続する場合が多い。
- 神経生物学的背景
- 前頭前野やドーパミン/ノルアドレナリン系の機能低下などが関与。
- 主な治療
- 薬物療法(メチルフェニデートやアトモキセチンなど)
- 認知行動療法、環境調整、行動療法など
2. 双極症(双極性障害)の基本的特徴
- 主症状
- 躁状態(または軽躁状態) と 抑うつ状態 が交互あるいは混合して現れる。
- 躁状態:気分の高揚、過剰な自信や活動性、衝動的行為など
- 抑うつ状態:意欲・気力の低下、悲観的思考、身体的不調など
- 発症・経過
- 多くは思春期後半から30歳前後で発症し、急性期(躁・うつ)と寛解期を繰り返す。
- 神経生物学的背景
- 前頭前野や辺縁系のネットワーク異常、モノアミン(ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリン)バランスの乱れなど。
- 主な治療
- 気分安定薬(リチウム、バルプロ酸など)、抗精神病薬
- 認知行動療法、生活リズム調整など
3. ADHDと双極症の共通点
- 衝動性・行動のコントロール困難
- ADHDでは「抑えきれずに思いつきで行動してしまう」衝動性が中心である一方、双極症の躁状態でも衝動的な散財や暴言、リスキーな行為に走るなどが見られることがある。
- 気分の不安定さ
- ADHD当事者の中には、自尊感情が揺れやすく、小さなきっかけで急にイライラしたり落ち込んだりする「気分変動の大きさ」を訴える人が少なくない。
- 双極症では明確な「躁・うつエピソード」があるが、軽症の場合は短期間で気分が上下することもあり、一見ADHDの情緒不安定と似た様相に見えることがある。
- 前頭前野の機能不全
- ADHDは注意・衝動制御を司る前頭前野の機能低下が想定され、双極症でも意思決定や実行機能を担う前頭前野の活動異常が指摘される。
4. ADHDと双極症の相違点
- 発症の時期と経過
- ADHD:小児期に症状が顕在化し、成人期まで持続。生活全般で注意・衝動性の問題がみられる(強弱はある)。
- 双極症:多くは思春期〜青年期以降に初発し、明確な躁期と抑うつ期を繰り返す。
- 症状のエピソード性
- ADHDの症状(不注意・多動・衝動)は「ほぼ常時認められる特性」として続くことが多い。
- 双極症の躁・うつは「エピソード(ある期間)内で顕著に症状が表れ、寛解期との落差」がある。
- 主たる苦痛や障害の原因
- ADHD:主に「集中力の欠如」「不器用さ」「衝動的でミスが多い」などで社会・対人・学業・仕事に不適応を起こしやすい。
- 双極症:気分が極端に高まったり落ち込んだりすることで、社会的信用や人間関係が崩れたり、重度の抑うつになる時期がある。
5. 併存と診断の難しさ
5-1. ADHDと双極症の併存(comorbidity)
- 研究によれば、成人のADHD当事者では、双極症を含む気分障害の併存率が高めであるという報告があります(ただし数字には幅がある)。
- 逆に、双極症患者さんにおいても、幼少期からのADHD特性が見逃されていたり、ADHD的な衝動性や集中困難が躁状態や陰性症状と混同されていたりするケースも。
5-2. 誤診や見落とし
- 躁状態 と ADHDの衝動性・多動性 は外から見ると似通う側面がある。
- 発達段階や年齢によって、ADHDが明確になる前に双極症が表面化したり、あるいはその逆もあり得る。
- きちんと病歴(小児期からの行動特性)を聴取し、双極症のエピソード性の有無や症状の質的違いを評価することが欠かせない。
6. 治療上のポイント
- 薬物療法
- ADHDに対して用いられる中枢神経刺激薬(メチルフェニデートなど)は、双極症の躁状態を誘発する可能性があるため注意が必要。
- もし双極症の診断が確実であれば、まずは気分安定薬や抗精神病薬で躁うつを安定させることが優先される。
- 併発が明らかで、双極症が十分にコントロールされている場合には、ADHDの薬物療法を慎重に検討することもある。
- 心理社会的アプローチ
- ADHD:行動療法や認知行動療法、環境調整(タスクの細分化、スケジューリングの工夫など)
- 双極症:生活リズム療法、認知行動療法(CBT)、家族療法など
- 両方を併発している場合、特に生活リズムを整えることと衝動行動(金銭管理や対人関係での失敗リスク)への対策が重要。
- ストレスマネジメントとサポート体制
- ADHDの特性管理と双極症の気分安定管理を並行して行う必要があるため、医療機関・家族・職場・学校などとの連携が欠かせない。
- 当事者が自己特性や気分状態の変化を客観視できるように支援し、早めの対策や相談を促す。
7. まとめ
- ADHD は主に 不注意・多動・衝動性 を中核とする発達障害で、生まれつきの脳機能特性として幼少期から生涯にわたり症状が継続することが多い。
- 双極症 は 躁状態と抑うつ状態 を反復する気分障害で、思春期以降に発症し、エピソード性が特徴的。
- 両者には外面的に似ている症状(衝動的行動、気分変動)が一部重なり、誤診や併存が起こりやすい。
- 治療・支援においては、まず正確な診断と病態把握を行い、気分エピソードの管理 と ADHD特性の支援 をバランスよく組み合わせる必要がある。
- 薬物選択や心理社会的アプローチの組み合わせによって、日常生活の機能を向上させ、再発リスクを減らすことが可能となる。
最終的には、個々の症状の質と経過 を丁寧に評価し、それぞれの診断基準を満たすかどうか、あるいは併存しているのかを慎重に判断することが不可欠です。専門家による多角的なアセスメントを通じて、最適な治療・支援方針を探っていくことが重要とされています。