1. 拒食症(Anorexia Nervosa)とは?
拒食症は、極端な体重減少と体重増加への強い恐怖、ボディイメージの歪みを特徴とする摂食障害です。精神医学的には、神経性無食欲症とも呼ばれ、精神的要因、生物学的要因、社会的要因が複雑に絡み合って発症します。
DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル)では、以下の診断基準が設けられています。
DSM-5の診断基準
- 著しい低体重(年齢・性別・発達段階・健康状態に見合わない)
- 体重増加への強い恐怖または体重増加を防ぐための持続的行動
- 自己評価における体重や体型の不適切な影響、または体重の深刻さを認識しない
2. 拒食症の分類(DSM-5基準)
① 限定型(Restricting Type)
- 過度な食事制限や断食、過剰な運動によって体重を減らす。
- 自己管理感を保つために、食事制限を徹底する。
② 過食/排出型(Binge-Eating/Purging Type)
- 短期間に大量の食物を摂取(過食)し、その後嘔吐、下剤の使用、浣腸、過剰運動によって体重増加を防ぐ。
- 過食エピソードの後に強い罪悪感や自己嫌悪を感じることが多い。
3. 拒食症と関連する精神疾患
① 強迫性障害(OCD: Obsessive-Compulsive Disorder)
- 完璧主義的傾向が強く、食事や体重管理に対する過度な執着が見られる。
- 儀式的な食事習慣(食べ物を細かく切り分ける、順番に食べるなど)。
② 不安障害(Anxiety Disorders)
- 体重や食事に関する不安が顕著で、特に社交不安が関与する場合もある。
- 体重増加に対する強い恐怖が日常生活を支配。
③ うつ病(Major Depressive Disorder, MDD)
- 自己評価の低さ、無価値感、罪悪感が強く、自傷行為の一環として食事制限を行うことがある。
- 気分の変動やイライラ感が伴うことが多い。
④ 自閉スペクトラム症(ASD: Autism Spectrum Disorder)
- 感覚過敏(特定の食感や匂いへの強い嫌悪感)により、食事の制限が進むことがある。
- ルーティンに対する固執が食事パターンに影響する。
⑤ 境界性パーソナリティ障害(BPD: Borderline Personality Disorder)
- 感情の不安定さと衝動的行動が見られ、過食/排出型の行動に関連することがある。
- 自己認識の歪みや自己嫌悪が強い。
4. 拒食症の神経生理学的メカニズム
① 神経伝達物質の異常
- セロトニン(Serotonin)
- 気分や食欲の調整に関与。
- セロトニン機能の低下 → 不安、抑うつ、食行動の異常。
- 食事制限によりトリプトファン(セロトニンの前駆体)が減少し、さらなるセロトニン不足が起こる悪循環。
- ドーパミン(Dopamine)
- 報酬系と関連し、食事や快楽に対する反応の減少。
- 食べること自体が不快感を引き起こしやすい。
② ホルモンの異常
- レプチン(Leptin)
- 食欲抑制ホルモン。
- 低体重によりレプチン濃度が低下し、飢餓感を感じにくくなる。
- グレリン(Ghrelin)
- 食欲増進ホルモン。
- 食事制限によるグレリンの増加が起こり、食欲を感じやすくなるが、心理的抑制が強い。
- コルチゾール(Cortisol)
- ストレスホルモン。
- 慢性的に高値を示し、ストレス反応が亢進している。
③ 脳の構造的変化
- 灰白質および白質の萎縮がMRI検査で確認されることがある。
- 前頭前野の活動低下 → 判断力や意思決定の障害。
- 扁桃体の過剰反応 → 恐怖や不安感の増大。
5. 拒食症の精神医学的治療
① 栄養療法(Nutritional Rehabilitation)
- 段階的な体重回復を目指す。
- 食事計画の作成とフォローアップ。
- 栄養教育と家族教育が重要。
② 認知行動療法(CBT)
- 認知の歪み(体型や体重に対する過度な恐怖)の修正。
- 食事に対する恐怖心の克服を目指す曝露療法。
- マインドフルネスを活用し、身体への注意を向ける訓練。
③ 家族療法(Family Therapy)
- 家族の理解とサポートが治療成功の鍵。
- 家族関係の改善が、患者の回復を促進する。
④ 集団療法(Group Therapy)
- 同じ悩みを持つ仲間との交流を通じて、孤独感を軽減し、回復意欲を向上させる。
⑤ 薬物療法
- SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)(例: フルオキセチン)
- 不安や抑うつ症状の軽減。
- 食事に対する恐怖心の緩和。
- 抗精神病薬(例: オランザピン)
- 重度の不安や強迫的な食事制限行動に対して使用。
6. 拒食症の予防とリカバリー
① メディアリテラシー教育
- 痩身信仰に対する批判的思考の育成。
- ボディポジティブ(身体の多様性の受容)を促進。
② 学校や職場でのメンタルヘルス教育
- 摂食障害の早期発見と介入を促す。
- カウンセリング窓口の設置と周知。
③ 家族サポート
- 家族が患者の治療プロセスを理解し、適切な支援を提供することが重要。
7. まとめ
- 拒食症は身体的・精神的リスクが高い重篤な疾患であり、生物学的、心理的、社会的要因が複雑に絡み合う。
- 神経伝達物質(セロトニン、ドーパミン)の異常、ホルモンバランスの乱れ、脳の構造変化が関連。
- 多角的なアプローチが必要で、栄養療法、心理療法、薬物療法の併用が有効。
- 家族や社会のサポートが回復に向けた重要な要素。
拒食症は適切な治療で回復可能な疾患であり、早期介入と継続的な支援が鍵となります。