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身体医学

性欲の脳科学

性欲(リビドー)は、生殖本能や親密性の欲求に基づく性的な衝動であり、人間を含む多くの動物にとって重要な生理的・心理的現象です。脳科学(神経科学)の視点からは、主に以下の要因やメカニズムが性欲の発現・制御に関わっていると考えられます。


1. 性欲を司る脳部位

1) 視床下部(Hypothalamus)

  • 視床下部内側前部(MPOA: 内側視床下部前野)
    多くの哺乳類において、性行動の制御中心として知られています。性的刺激に反応して活性化し、性行動に必要なホルモン分泌や自律神経反応をコントロールします。
  • 視床下部背内側核・弓状核
    食欲や代謝制御、快感などにも関与する領域であり、ホルモン調節を通じて性欲にも影響を与えます。

2) 側坐核(Nucleus Accumbens)・報酬系

  • 中脳辺縁系(VTA: 腹側被蓋野 → 側坐核 → 前頭前野)におけるドーパミン神経系は、快感・モチベーション・学習に深く関わります。
  • 性的快感やオーガズム時にはドーパミンが放出され、性行動を誘発・強化します。

3) 扁桃体(Amygdala)

  • 恐怖や不安などの情動処理の中枢として知られますが、性的刺激に対する情動反応の評価にも関与すると考えられています。
  • 性的刺激を肯定的・魅力的と感じるか、それとも不安や嫌悪を感じるかなどの評価に影響し、性欲の高まりや抑制を左右します。

4) 前頭前野(Prefrontal Cortex)

  • 意思決定や抑制、社会的規範などの「高次機能」を司る領域。
  • 過度な衝動や場にそぐわない性的欲求を抑制したり、理性的判断との兼ね合いを図ったりする働きがあります。

2. 性ホルモンと神経伝達物質

1) 性ホルモン(テストステロン・エストロゲン)

  • テストステロン
    男性ホルモンの代表でありながら、女性にも少量存在。性欲亢進と密接な関連があり、視床下部や辺縁系の受容体を刺激して性衝動を高めます。
  • エストロゲン
    女性ホルモンとして知られますが、性欲や快感に影響する部分もあります。女性の月経周期でエストロゲンが高まる時期に性欲も高まる傾向があるとされます。

2) ドーパミン(Dopamine)

  • 報酬系で中心的な役割を担う神経伝達物質。
  • 性的刺激を受けた際に放出されると「快感」や「欲求」をさらに高め、性的行動へのモチベーションを強化します。

3) セロトニン(Serotonin)

  • 情動コントロールや気分安定に重要。
  • セロトニンは一部、性欲を抑制的に働くとされる研究もあり、性欲とセロトニンのバランスが性機能全般に影響を与えます(例: 一部の抗うつ薬が性欲減退を招くことがある)。

4) オキシトシン(Oxytocin)

  • 「愛情ホルモン」「絆ホルモン」とも呼ばれ、信頼・親密感・抱擁行動などに深く関わります。
  • オーガズム時に高レベルで分泌されることから、性的快感やパートナーとの結びつきを高める要因になると考えられています。

5) バソプレッシン(Vasopressin)

  • オキシトシンと共に絆形成や社会的行動に寄与するホルモン。
  • 特に男性的な性的行動やペアボンドに影響するという報告があり、オスの一部げっ歯類などでペアボンド形成に深く関与する実験結果が得られています。

3. 性欲を変動させる要因

  1. ストレス・情動
    • 強いストレスや不安は、コルチゾール(ストレスホルモン)の分泌を促し、性ホルモンやドーパミン系のバランスを乱して性欲を減退させやすいです。
    • 逆に適度なリラックス状態や安心感は、性欲や親密さを高めるオキシトシンなどのホルモンが放出されやすくなる傾向があります。
  2. 睡眠・生活リズム
    • 睡眠不足や不規則な生活はホルモンバランスを乱し、性欲の減退に繋がります。
    • 十分な休養と適度な運動は、性欲を高める要因となり得ます。
  3. 文化・社会的要因
    • 性的タブーや教育、社会的規範などによって性欲の表現や意識の仕方が変わることがあります。
    • 脳の抑制系(前頭前野)によって、社会的に不適切とされる性欲・性行動は抑制される傾向があります。
  4. 薬物・病気
    • 抗うつ薬や降圧薬など、一部の薬剤が性欲減退や性機能障害を引き起こすことが知られています。
    • 甲状腺疾患、糖尿病、ホルモン異常などの体調不良も性欲に影響を及ぼす可能性があります。

4. 脳内報酬と「欲求」の学習

  • 条件づけと報酬回路
    性的刺激が快感を伴うことで、脳の学習システムに組み込まれ、特定の状況や刺激に対して性欲が引き起こされやすくなります。
  • 性的嗜好やフェティシズム
    遺伝要因やホルモン、学習・経験によって作られる複合的な要因であり、特定の刺激に対して性欲を感じる回路が強化・固定されるメカニズムが示唆されています。

5. 臨床応用と性欲のコントロール

  1. 性欲低下・性機能障害の治療
    • カウンセリング(認知行動療法など)や薬物療法(ホルモン補充療法・性機能改善薬)を組み合わせてアプローチ。
    • うつ病や不安障害に対する治療が性欲回復に繋がるケースもあります。
  2. 性嗜好の偏りや過剰な性欲(性依存)
    • 性依存や問題行動につながる場合は、認知行動療法や薬物療法(抗うつ薬、抗アンドロゲン薬など)を通じてコントロールを図る手段がとられることがあります。
  3. ホルモン療法
    • テストステロン補充が性欲を回復させる一方で、過剰投与により攻撃性が高まったり、前立腺疾患リスクが増したりする懸念もあるため、慎重な管理が必要です。
  4. 健康的なライフスタイル
    • バランスの良い食事、定期的な運動、十分な睡眠はホルモンバランスを安定させ、適度な性欲維持に寄与します。
    • ストレスケアやマインドフルネスも、情動コントロールを高め、健全な性行動を保つ助けとなります。

まとめ

性欲は視床下部を中心とした脳内ホルモン調節機構と、ドーパミン報酬系・扁桃体などの情動系・前頭前野の抑制系など、複数の脳回路が相互に作用することで生まれます。テストステロンやエストロゲンなどの性ホルモン、GABAやドーパミン、セロトニンなどの神経伝達物質、さらにオキシトシンなどのペプチドホルモンといった様々な生理学的要因が複雑に絡み合い、性欲の強さや質を左右します。

また、ストレスや社会規範、学習・経験といった外的要因も性欲を増減させる大きなファクターです。性欲は生存と種の存続に関わる本能的欲求であると同時に、文化・社会的文脈の中で形成される心理的要素も強いため、脳科学的には「ホルモン・神経回路」と「認知・情動・環境」のバランスの上に成り立っているといえます。

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