○茅野分 1) 藤井千代 2) 新村秀人 3) 村上雅昭 4) 水野雅文 5) 真栄城輝明 6)
1) 銀座泰明クリニック 2) 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 司法精神医学研究部
3) 慶應義塾大学 医学部 精神・神経科学教室 4) 明治学院大学 社会学部 社会福祉学科
5) 東邦大学 医学部 精神神経医学講座 6) 奈良女子大学・大和内観研修所
DV. Domestic Violence とは
DV. Domestic Violence とは、「配偶者や恋人など親密な関係の異性から振るわれる暴力」と定義される。
「暴力」とは、殴ったり蹴ったりするような「身体的」な暴力はもとより、言葉や態度で相手の自尊心を傷つける「心理的」な暴力、相手の同意しない性行為を強要する「性的」な暴力、収入や家計を制限する「経済的」な暴力など多岐に渡る。
「配偶者暴力防止法(DV防止法)」が2001年より施行され、「被害者」の相談・保護が増加している。被害者の大半は女性で、心身に傷を負い、PTSD, 鬱病など精神疾患に陥るケースも少なくない。
一方、「加害者」への対応がこれからの大きな課題とされている。
DV. Domestic Violence とは
「パワーとコントロール(力と支配)の車輪」
暴力は他人を支配するために使われる。
暴力男性自身が、幼少期に虐待に遭ったり、男尊女卑の環境で育ったり、機能不全家族に育ったりした過去を持っている。
しかし、社会は暴力を法的に裁き、措置を講じ、責任を取ることを求めなければならない。
そして、女性や子供を尊重し、自分に正直になり、説明責任を果たしていかなければならない。
DV加害者の考え方 Emerge model
1. パートナーをコントロールしようとする
2. 特権意識を持っている
3. 物事を正反対にねじ曲げる
4. 相手の女性を軽んじ、自分の方が優れていると考える
5. 虐待を「愛」だと思っている
6. パートナーを操る
7. 外面は良い
8. 自分は正しいと思い込む
9. 虐待を否定したり矮小化したりする
10. 所有意識を持っている
すなわち「自己愛性Personality 」に相当する
DV加害者、変化へのステップ Emerge model
- 自分が現在そして過去の相手に対して、精神的、性的、そして身体的に振るってきたことを全て認めること
- 虐待はどんなことであれ、間違ったことだと認めること、
- 自分をコントロールできないから虐待したのではなく、自分が選んだ行為だと認めること
- 虐待が女性や子供に与えた影響を認め、共感を示すこと
- 自分の支配的な行動パターンと特権意識を一つひとつ明らかにすること
- 自分がいま止めようとしている虐待的な言動や考え方の代わりに、相手を尊重する言動をもっとできるようにすること
- 相手に対する歪んだイメージを変え、もっと肯定的で共感を伴ったものと取り替えること
- 自分が与えたダメージの埋め合わせをすること
- 自分の行動の結果に責任を負うこと
- 暴力的な言動を繰り返さないよう約束し、その約束を守ること
- 特権意識を捨てる覚悟をし、実際に捨てること
- DV加害者性を克服することは一生かかることだと認めること
- 過去そして将来にわたり、自分の言動に進んで責任を持つこと
本当に変わったかどうか分かるのは「DV被害者」だけ
DV加害者の被害者意識
DV加害者は「被害者意識」に満ちている。「自分は間違っていない、自分の意見に従わない妻が悪い、自分は加害者ではない、むしろ被害者だ」という「認知の歪み」を生じている。
DV加害者は子ども時代に、親のDVを目撃したり、虐待されたり、いじめられたりした「被害体験」を持っていることが多い。
自分の過去の痛みを受容した上で、現在、他者へ与えている痛みを自覚する「加害者性の構築」が求められる。
症例;36歳、男性、会社経営者
教師であった両親のもと、第三子長男、娘二人の後に生まれた息子とし「溺愛」され育った。さながら「小皇帝」のようだった。
そのため小学校で「自己中心的」な言動から、「いじめ」の対象となり、「挫折感や劣等感」を抱いた。
思春期は両親・親戚の「過保護・過干渉」な期待に応え、私立中高大へと進学した。両親は教師または大企業就職することを望んだが、本人はそれに従わなかった。在学中にITベンチャー企業を立ち上げ、「いい気になった」。
28歳時、自社内の女性を妊娠させ結婚した。このため結婚は妻の両親から祝福されるものではなかった。妻と母は不仲になった。妻は本人が自分よりも母を大事にすることを不快に感じた。しかし、毎年のように妊娠させられ、5人の子どもを産んだ。妻の十分な同意をえない、妊娠・出産だった。
本人は妻を家庭においても「部下」として扱った。家計も妻へ任せず、収入や預金など開示せず、必要最小限の婚姻費用のみを渡した。会社同様「ワンマン経営」だったが、妻から「家庭や会社の経営権を奪われるのではないか」という「独裁者の被害妄想」を抱いた。
結婚当初から、衝突するたび、怒鳴ったり、叩いたりすることがあった。妻がDVだと訴えても、本人は聞く耳を持たなかった。
結婚8年目、夫婦喧嘩がエスカレート、本人は妻の首を絞め、妻は警察通報した。外傷は生じなかったため、厳重注意で終えた。本人は土下座して謝り、その場は収まった。
しかし、それから数か月経ち、「DVのサイクル」は再び回りはじめた。些細な口論から本人は逆上することが続いた。
結婚10年目、深夜の口論から、本人は寝ている妻の顔を踏みつけ、顔面に打撲傷を負わせた。妻は警察を呼び、本人は逮捕された。
留置所へ入り、本人はようやく自分の犯した罪の重さに気づいた。釈放後、本人は妻子と別居となり、妻より離婚の希望が伝えられた。不眠、不安、うつなど生じ、精神科クリニックを受診した。向精神薬を服用して症状は和らいだが、妻子が戻ってくることなく、「心にあいた穴は埋まらなかった」、「生きている実感がなかった」。
そこで、妻子へ許しを請い、関係の修復を図るには、「自己中心的」な性格を根本から変えなければならないと、思い立った。
しかし、内省が深まらず、焦りを覚えた。そこで、医師より紹介された「集中内観」へ申し込んだ。
内観前は「自分のDVは必要悪だった」「暴力を誘発させた妻にも一因がある」「このような自分に育てた親にも責任がある」など「否認」「矮小化」「責任転嫁」する発言をしていた。
集中内観により、両親や妻子をはじめ恩師や友人らへ「三項目;お世話いただいたこと、お返しできたこと、ご迷惑おかけしたこと」を思い出した。「いじめられっ子」だったが、親から過分な愛情を受けていたことを認め、感謝の気持ちに満たされた。
自分にとても尽くしてくれた妻に対して、取り返しのつかない迷惑、罪を犯したことを、心から懺悔した。そして、そのような自分の「自己中心的な性格」を素直に認め、心から改めなればならないと思った。
さらに、今後の人生を「妻子へ贖罪したい」「他者や地域・社会へ奉仕をしたい」と願うようになった。
心理療法としての内観
故・吉本伊信が駒谷諦信とともに開発した自己観察法。
悟り(宿善開発、転迷開悟、一念に遭う)を開くため、いかなる境遇にあっても感謝報恩の気持ちで幸せに日暮らしするため。
不安・苦悩・動揺から逃げず、目をそらさず、不安・苦悩・動揺に沈潜することを通して、生の実相を覚知する。
自分の能力の限界外にある富・名誉・社会的地位・死など外物に対して無関心の態度を堅持することで自由と心の平静を得る。
DV加害者臨床において
DVをはじめ「加害者」は生育過程において「被害者」であったことが少なくない。この「被害者意識」が他罰性を伴い加害行為を生ずる。
「加害者臨床」では過度な「被害者意識」を克服し、適切な「加害者意識」を抱くよう援助することが求められる。
しかし、従来の解釈や直面化は否認や回避を生じる可能性が高いため、「自由意志」や「自己決定」に基づく取り組みが望ましい。
内観療法によるDV加害者臨床
「内観療法」は、本人の「自由意志」や「自己決定」を前提にはじまる。
両親や妻子はじめ家族から「お世話いただいたこと」を思い出し、感謝報恩を覚え、「被害者意識」が和らぐ。
「お返しできたこと」と「ご迷惑おかけしたこと」を思い返し、自責感や罪悪感を覚え、「加害者意識」が深まる。そして、「自己中心性」を改め、他者への「共感や尊重」を身につけていく。
以上のように「内観療法」はDV加害者臨床において顕著な効果を示した。
ただし、「加害者臨床」において最も重要である 「動機づけ」と「継続性」 をいかに保つかが課題である。