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精神医学

バルプロ酸の脳科学

バルプロ酸(Valproic Acid、以下VPAと略)は、抗てんかん薬・気分安定薬として広く用いられる薬剤です。双極性障害の躁状態やてんかんの発作予防に有効であることが知られており、脳科学(神経科学)の観点から見ると、多様な分子機序を介して神経細胞の過剰な興奮を抑制し、神経保護や気分安定効果をもたらすと考えられています。以下に主な作用メカニズムとその脳科学的背景をまとめます。


1. GABA(抑制性伝達物質)システムへの影響

  • GABA合成促進・分解抑制
    • VPAは、GABAトランスアミナーゼ(GABA-T)などの酵素を阻害することでGABAの分解を抑え、脳内のGABA濃度を高める作用があります。
    • 一方、グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)を介してGABAの合成を促進する可能性も指摘されています。
    • GABA濃度が上昇すると、抑制性シナプス作用が強まり、神経の過剰興奮を抑える効果が期待できます。これが抗てんかん作用や気分安定作用の一因と考えられています。

2. イオンチャネル(ナトリウムチャネル、カルシウムチャネル)の制御

  • ナトリウムチャネルの不活化
    • ニューロンが活動電位を発生させる際に重要となる電位依存性ナトリウムチャネルの不活化状態を安定化させ、過剰な発火を抑制する作用があるとされています。
    • てんかん発作や躁状態は神経の過剰興奮が大きな要因となるため、ナトリウムチャネルの制御は神経の興奮閾値を上げ、症状の安定化に寄与します。
  • T型カルシウムチャネルの抑制
    • 一部の研究では、VPAがT型カルシウムチャネルにも作用して、神経細胞の過度な同期発火(てんかん発作の一因)を抑える可能性が示唆されています。

3. シグナル伝達経路(GSK-3など)への作用

  • グリコーゲンシンターゼキナーゼ3(GSK-3)の阻害
    • リチウムと同様に、VPAもGSK-3を阻害する働きがあるという報告があります。
    • GSK-3は細胞増殖や神経可塑性、遺伝子発現など多岐にわたる機能を調節しており、その過剰活性は神経細胞の傷害や気分障害と関連すると考えられています。
    • VPAがGSK-3の活動を抑えることで、神経保護や気分安定作用に繋がっている可能性があります。
  • ホスファチジルイノシトール(PI)シグナル経路
    • 双極性障害に関しては、イノシトール枯渇仮説(IP3の再合成阻害)がリチウムを中心に提唱されていますが、VPAにも同様のシグナル伝達経路への何らかの調整作用があると考えられる研究があります。

4. エピジェネティック(遺伝子発現調節)作用

  • ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の阻害
    • VPAはクラスI HDAC(ヒストン脱アセチル化酵素)を阻害する働きを持ち、エピジェネティックな修飾を通じて遺伝子発現を制御することが報告されています。
    • ヒストンアセチル化が高まると、DNAがほどけやすい状態になり、遺伝子の転写が促進される場合があります。
    • 神経可塑性や神経保護に関わる遺伝子の発現が活性化されることで、ストレス耐性やシナプス機能が改善され、結果として気分安定や発作予防に役立つ可能性があります。

5. 神経可塑性・神経保護効果

  • BDNF(脳由来神経栄養因子)の増加
    • VPAによってBDNF(Brain-Derived Neurotrophic Factor)の発現が増加するという研究結果があります。BDNFは神経細胞の生存・分化・シナプス形成に重要であり、ストレスや気分障害における神経可塑性の低下を改善する指標として注目されています。
  • 抗アポトーシス作用
    • GSK-3阻害やBDNF増加などを通じ、神経細胞のアポトーシス(プログラム細胞死)を抑制する働きが推測されています。
    • これにより、長期的に見ると脳構造を保護し、てんかんや双極性障害で見られる脳の変性変化を軽減する効果が期待されています。

6. 臨床的効果

  • 臨床的効果
    • 抗てんかん作用: 広範囲発作、部分発作、欠神発作など多様なてんかん発作型に効果がある。
    • 気分安定作用: 双極性障害の躁エピソードや混合状態の治療、および再発予防に使用される。
    • その他: 片頭痛の予防薬としても処方されることがある。

まとめ

バルプロ酸(VPA)は、多面的な作用メカニズムを通じて神経の過剰興奮を抑え、神経可塑性を向上させることで抗てんかん作用と気分安定作用を発揮すると考えられています。具体的には、

  1. GABAシステムの強化
  2. ナトリウムチャネルやカルシウムチャネルを介した過剰興奮の抑制
  3. GSK-3などのシグナル伝達経路の調整
  4. HDAC阻害によるエピジェネティック修飾
  5. BDNF増加やアポトーシス抑制による神経保護

などが複合的に働き合っていると考えられます。
一方で、バルプロ酸は副作用や安全域の管理も重要であり、定期的なモニタリングが欠かせません。今後の研究発展により、バルプロ酸の脳科学的メカニズムがさらに明らかになるとともに、より副作用の少ない新たな薬剤開発や、個々の患者に応じた精密治療の発展が期待されています。

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