デフォルト・モード・ネットワーク(Default Mode Network: DMN) とは、脳科学の研究において「特定の外部課題に取り組んでいない安静時(resting state)」や「内省(mind wandering、自己に関する思考など)を行っているとき」に主に活動が高まる脳のネットワークを指します。2000年代前半にfMRI(機能的MRI)を用いた安静時の脳活動研究から注目され始め、いまや脳科学(神経科学)のさまざまな領域で活発に研究されているテーマの一つです。
1. デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)とは?
- 主な構成領域
- 内側前頭前野(mPFC)
- 後部帯状皮質(PCC)
- 楔前部(Precuneus)
- 後部の帯状回周辺(PCC周辺)
- 側頭頭頂接合部(TPJ) など
- 活動が高まる状態
- ぼんやりしているとき
- 内的思考(自分の過去や未来を考える、空想にふけるなど)
- 自己関連づけ(自己評価や自伝的記憶など)
- 他者の心を推測する(メンタライジング)など
このように、自己や他者の心的状態に意識を向けるときや、特定の課題に集中していないときに活発化することが特徴です。
2. DMNが発見された経緯
もともとは「外部から与えられる課題をしていない安静時の脳」は、単に低活動の状態とみなされていました。しかし、PETやfMRIを用いた脳画像研究の解析中、「課題遂行中よりも安静時のほうがむしろ活発になる領域がある」ことに気づいたのが最初のきっかけです。
これを発端として、「脳は“何もしていない”ように見える時にも実は高い活動を示し、特定のネットワークを形成している」という概念が確立され、これをデフォルト・モード・ネットワークと呼ぶようになりました。
3. DMNの機能と役割
- 内省的思考のサポート
DMNの活動は、自己関連思考(自分の経験や感情、記憶の振り返りなど)や、将来のシミュレーション(将来を想像・計画する)を行うときに高まることが分かっています。これは、過去の出来事を思い出して内省したり、未来への計画を立てたりする認知プロセスに深く関与していると考えられています。 - 自伝的記憶の想起
自分にまつわる記憶を思い出すとき、DMNが強く活動することが示されています。特に海馬やその周辺領域(記憶形成に関わる領域)とも連動しながら、自伝的記憶の検索・再生に寄与していると考えられます。 - メンタライジング(他者の心の理解)
「相手が何を考えているか」「どう感じているか」を推測する行為にもDMNが関与します。これは、社会的認知(Social Cognition)の研究領域でも重要視されており、他者との関係性を築くうえで不可欠な機能として位置付けられます。 - 休息と脳のメンテナンス
ずっと外部の課題処理に集中していると、疲労が溜まります。DMNが活性化する安静時は、脳内の情報整理・記憶の定着・エネルギー消費の調整など「脳のメンテナンス期間」として働いているのではないかとする仮説もあります。
4. DMNとタスクポジティブネットワーク(TPN)の関係
DMNが活性化しているときは、往々にして「課題に集中(外部刺激に対して注意を向ける)」する脳ネットワーク、すなわちタスクポジティブネットワーク(TPN) と呼ばれる領域群の活動が低下する傾向が見られます。
- TPN(タスクポジティブネットワーク)
注意やワーキングメモリなど、外部環境に即応する課題の処理を担うネットワーク。前頭前野や頭頂葉領域(FPN:Frontoparietal Networkなど)が中心。 - DMNとTPNの拮抗関係
- DMNが活発になると、TPNの活動は相対的に下がる(その逆も然り)。
- これは脳が「内的思考モード(DMN)」と「外的課題モード(TPN)」をシームレスに切り替えながら活動していることを示唆します。
ただし、状況によってはDMNとTPNが同時に活性化する場合や、両者の切り替えがスムーズにいかない(うつ病やADHDなど)ことで、認知の柔軟性が低下するという研究報告もあります。
5. DMNの異常活動とメンタルヘルス
- 抑うつや不安
うつ病や不安障害の患者では、DMNの過剰活動や切り替え不全が報告されています。自己関連思考(特に否定的な反すう)へ過度にとらわれることが、DMNの異常活動として捉えられている場合があります。 - ADHD(注意欠陥・多動性障害)
注意を必要とする場面でもDMNの活動を抑制できず、外部刺激への集中が難しくなるなどの研究結果もあります。 - 認知症(アルツハイマー型)
DMNを構成する領域にアミロイドβの蓄積が見られるなど、加齢や神経変性との関連も指摘されています。
6. マインドフルネスなどとの関連
マインドフルネス瞑想などの実践によって、DMNの活動パターンが変化することが知られています。特に、雑念や自己関連の思考に陥りにくくなることで、DMNの過剰活動が低減し、ストレスや不安を軽減する可能性が示唆されています。
一方で、DMN自体は脳にとって不可欠なネットワークの一部でもあるため、必要以上に活動を抑えることがいいとは限りません。「適切なタイミングと程度で内省モードに入れる」柔軟性が重要と考えられます。
まとめ
- デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)は、ぼんやりしているときや自己関連思考を行っているときに活動が高まる、脳のネットワークの総称です。
- 内省・自伝的記憶・未来予測・他者の心の理解 といった高次認知機能に関わる重要なネットワークで、脳科学の研究ではDMNの活動や機能を調べることがメンタルヘルス、社会的認知、脳疾患の解明などにつながると期待されています。
- 一方で、外部課題に集中するネットワーク(タスクポジティブネットワーク, TPN)とは拮抗的な関係にあり、両ネットワークの切り替えの柔軟性が、人の認知機能のバランスや心の健康と深く関係すると考えられています。
このように、DMNの研究は「私たちが“何もしていない”ときに、脳が実は何をしているのか」を明らかにする道を拓き、また自己意識や社会的認知のメカニズムを解明する重要な手がかりにもなっています。今後も、脳科学・心理学・精神医学など多岐にわたる分野で、DMNの発見と理論的枠組みが応用され、心の働きの謎を解き明かす研究が続けられていくでしょう。