「うつ」と一口に言っても「うつ状態」を呈する疾患は下記のとおり、うつ病、気分変調症(抑うつ神経症)、双極性障害(躁うつ病)、適応障害、といくつもあります。その他、統合失調症の前駆症状 (Prodromal syptom) や発達障害の二次症状(重ね着症候群)などを加えると、その種類や組み合わせはさらに増えます。したがって、現在の「うつ状態」がどのような経過を経ているのか的確に診断しないといけません。
うつ病ならば抗うつ薬を服薬し、休職・静養すれば改善します。しかし気分変調症(抑うつ神経症)や適応障害の場合はカウンセリングや環境調整などを行い、本人の考え方や周囲の関わり方を変えていく必要もあります。また双極性障害の場合は、抗うつ薬よりも気分安定薬 (Mood stabilizer) を中心に服用し、うつを治すより、むしろ軽躁状態を抑え、「低目安定」こそが「無難な人生」のであることに気づくことが望まれます。
うつ病(軽症・中等症)の治療アルゴリズムは一例として上記のように定められています。まず、SSRI/SNRI という抗うつ薬を少量から開始し、一定の改善を認めるまで増量します。必要に応じて少量のベンゾジアゼピン(抗不安薬・睡眠薬)を併用します。4-8週を経過しても無効な場合や十分に有効といえない場合は、他の抗うつ薬へ変更したり、リチウムを追加して効果増強 (Augmentation) を試みたりします。但し、うつ病だからといってむやみに抗うつ薬を増量することはせず、休養や環境調整を前提とすることが大事です。また副作用に注意しながら必要量まで増量しますが、多剤・大量処方とならないように注意することも大事です。
抗うつ薬は上記のように分類されています。「三環系」とは3つのベンゼン環を特徴とした化学構造に由来し、TCA (Tri-Cyclic Antidepressant) とも呼ばれます。1960年代から発売され、既に50年以上も経過していますが、強力な効果により、現在でも現役として活躍しています。強迫を伴う場合にはアナフラニール、不安・焦燥の強い場合はトリプタノール、意欲低下の強い場合はノリトレン、妄想を伴う場合にはアモキサン、そして三環系のプロトタイプであるトフラニール、などが用いられます。ただし、副作用(口渇・便秘・排尿困難:抗コリン作用、眠気・立ちくらみ:抗α1作用)が強く、過量服薬 (Over dose) すると心毒性を生じるため、第一選択 (First choice) とはしがたいのが実状です。
「四環系」もその化学構造に由来し、1980年代から発売されています。三環系の副作用をマイルドにしたことが特徴ですが、効果もマイルドなため、SSRIやSNRIの陰に隠れがちです。不眠・不安を認める場合にテトラミド・テシプール、意欲低下を認める場合にルジオミールが選択される傾向にあります。
三環系の副作用を軽減し、ある程度の効果を保持した新しい抗うつ薬が SSRI (Selective Serotonin Reuptake Inhibitor) や SNRI (Serotonin Noradrenaline Reuptake Inhibitor) です。SSRIは脳内のセロトニンの働きを高めることで、不安・緊張、衝動性を改善します。強迫に効果的なルボックス・デプロメール、パニックに有効なパキシル、バランスの良いジェイゾロフト、レクサプロが新発売されました。SNRIはさらにノルアドレナリンの働きも高め、意欲を向上させます。肝臓へ負担をかけないトレドミン、抗うつ・不安作用ともに強いサインバルタがあります。SSRI, SNRIとも上記の抗コリン作用や抗α1作用に伴う副作用はあまり生じませんが、SSRIは嘔気・下痢、性機能障害、トレドミンはそれに加え血圧上昇・頻脈、排尿困難を生じます。
NaSSAはNoradrenergic and Specific Serotoninergic Antidepressantの略で、レメロン・リフレックスが相当します。これまでの抗うつ薬がシナプス前部のトランスポーター阻害により効果を発現していたのに対し、NaSSAは 自己受容体α2受容体を阻害し、ノルアドレナリンとセロトニンの放出を促進することで効果を発揮するのが特徴です。このため効果発現が速く、SSRIに生じた嘔気・下痢、性機能障害を認めませんが、強い抗ヒスタミン作用により眠気や体重増加を生じることがあります。
以上をまとめ簡略化・一覧化したのが上図です。この他に頻用される薬剤としてドグマチ―ル・アビリットやデジレル・レスリンなどがあります。ドグマチール・アビリットはベンザミド系抗精神病薬に分類されますが、少量で抗うつ薬、多量で抗精神病薬として働きます。また制吐作用や胃十二指腸潰瘍の治癒促進作用もあるため、SSRIの副作用薬も兼ねて併用されることがあります。しかし抗ドパミン作用による錐体外路症状(振るえやこわばり等)や高プロラクチン血症(乳汁分泌、月経不順)、食欲亢進・体重増加などに注意する必要があります。デジレル・レスリンはシナプス前部のセロトニン・トランスポーターおよびシナプス後部のセロトニン2受容体を阻害し、抗不安・鎮静作用も生じます。これによりトリプタノール、テトラミド、レメロン・リフレックスと同様に、睡眠薬(ベンゾジアゼピン)の代替として用いられます。
しかし、全てのうつ病が容易に改善することはなく、抗うつ薬が無効または十分な効果を認めない場合も少なくありません。アメリカの大規模研究 (STAR*D) によると、初回のSSRIで寛解に至ったのは3割程でした。その後、7割の対象に、他のSSRI/SNRI、三環系、リチウム、甲状腺ホルモン、認知療法などを計4段階にわたり行いました。それでも残念ながら3割程の方は寛解に至らなかったといいます。この背景には双極性障害や適応障害の混在といった診断上の問題も指摘されています。したがって、遷延した「うつ状態」には診断・治療の両面から、あらゆる可能性を考慮する必要があります。それには、医師、看護師、薬剤師をはじめ、治療に関わる全ての方々と十分な相談を重ねていくことが不可欠です。(参考、今日の治療薬2011・南江堂、治療薬マニュアル2011・医学書院、ほか)