『シェイプ・オブ・ウォーター』(The Shape of Water, 2017年、ギレルモ・デル・トロ監督)は、冷戦期アメリカを舞台に「声を持たない女性」と「異形の存在」との愛を描いたファンタジー映画です。本作の病跡学(pathography=心理・精神病理的観点からの人物分析)を通じて、登場人物たちの内面世界や社会病理を読み解いてみましょう。
🧠『シェイプ・オブ・ウォーター』の病跡学的分析
🎭 主人公:イライザ・エスポジート(Elisa Esposito)
特徴:
- 発語不能(mute)で、孤独に生きる清掃員
- 幼少期のトラウマが示唆される(首の傷痕)
- 社会的疎外感と深い感受性を抱えている
病跡学的考察:
- 発語不能とトラウマ:言葉を失った背景には発達的・外傷的要因が考えられる。ネグレクトや虐待、戦争・家庭内暴力といった「子どもの声を奪う環境」の象徴。
- 共感能力の異常発達:言語を介さず、非言語的なコミュニケーション(音、リズム、水、視線)でつながる点から、自閉スペクトラムの側面や、逆にHSP(Highly Sensitive Person)傾向も見出される。
- 性的自己決定の回復:物語では、彼女の「性」がタブーではなく肯定的に描かれ、これが自律性と自己回復を象徴。
🐟「彼」(The Asset / Amphibian Man)
特徴:
- 南米で捕獲された半魚人、知性と感情を持つ
- 痛みに反応し、音やリズムに惹かれる
- 治癒能力がある
病跡学的考察:
- 異類婚姻譚の変容:古代的・神話的な他者への畏敬(=「完全な他者」としての象徴)
- 社会的スティグマの化身:異形の存在=障害者、LGBTQ、移民、被抑圧者のメタファー
- 癒しの力=贖罪:彼により身体的/精神的「傷」が癒される場面は、自己他者間のトラウマ修復の象徴
🚬 ゲイル(隣人のゲイの画家)
特徴:
- 社会から疎外された中年男性
- 過去の栄光と孤独の間で揺れている
- イライザの理解者
病跡学的考察:
- 加齢とアイデンティティ喪失:芸術家としての挫折と性的少数者としての孤独感が共在
- 共同幻想的家族の再構築:イライザとの関係性は、現代的な「擬似家族」「選択的家族」の先駆例
🥩 敵役:ストリックランド大佐
特徴:
- 国家・秩序・権力の化身
- 異質なものを「制御」「解剖」しようとする
- 家庭では男性優位を誇示
病跡学的考察:
- 強迫的な規律志向:秩序への固執、潔癖性、パワー幻想が特徴
- マチズモと空虚感:外的優位性に対する内面の不安・不全感の反動
- 反-社会脳的:共感性の著しい欠如と支配欲(=サイコパシー傾向)
🌊 病跡学的テーマの総合
テーマ | 精神病理的視点 | 社会病理的視点 |
---|---|---|
言語の不在 | トラウマ・抑圧の象徴 | 発言権のないマイノリティ |
異形との恋愛 | 他者との越境的共感 | 障害・人種・LGBTQとの連帯 |
権力への抵抗 | PTSDとレジリエンス | 非暴力による体制批判 |
癒しと再生 | 心的外傷後成長(PTG) | 抑圧社会での連帯的回復 |
🌀まとめ:シェイプ・オブ・ウォーターとは何か?
「異質であること」が、劣等ではなく 豊かさの源泉 となる。
この映画は、声なき人々が「水」のように流動し、自由に愛し合うことで、硬直した社会の暴力性を洗い流す物語です。病跡学的に見れば、トラウマ、障害、抑圧された愛と性の回復といった現代的テーマの縮図とも言えるでしょう。
