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精神医学

統合失調症の脳科学

統合失調症(Schizophrenia)は、思考や感情、認知機能に深刻な影響を及ぼす精神疾患であり、幻覚(多くは聴覚幻覚)や妄想、まとまりのない思考や発語、社会的機能の低下などの症状が特徴とされます。近年の脳科学(神経科学)的研究により、統合失調症では脳構造やネットワーク、神経伝達物質 などに多面的な変化が起きていることが明らかになってきました。以下では、統合失調症の脳科学について主要な知見をまとめます。


1. 脳構造の変化

灰白質容積の減少

  • 前頭前野(PFC)側頭葉島皮質(Insula)帯状回 など、多領域で灰白質の容積が健常者に比べて減少しているとする研究報告があります。
  • 特に、前頭葉 の萎縮や容積低下は、認知機能の低下や意思決定・実行機能の障害と関連すると考えられています。

側頭葉(特に上側頭回)

  • 幻聴(聴覚的幻覚)は、聴覚情報処理に関わる上側頭回(Superior Temporal Gyrus) の異常活動や、聴覚連合野の構造変化と関連づけられることが多いです。

海馬(Hippocampus)

  • 記憶形成や感情調節に関わる海馬の容積低下や形態変化が指摘されています。
  • 特に、症状が進行するにつれて海馬の構造変化が進行する可能性が示唆されており、統合失調症の神経変性的側面を示す一例とされています。

2. 脳機能(ネットワーク)の異常

前頭前野と辺縁系の機能不全

  • ドーパミン仮説 などとも関連し、前頭前野(意思決定・実行機能や感情調整)と辺縁系(感情・報酬系)の連携がうまくいかないことで、認知や感情制御の破綻を招いていると考えられます。

デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)の異常

  • DMNは安静時に活性化しやすいネットワークであり、自己関連思考や内省に関わります。
  • 統合失調症患者では、DMNと他のネットワーク(タスクポジティブネットワークなど)との切り替えがスムーズにいかない、あるいはDMNの過剰連動が見られるなど、内外の刺激の区別や現実感の維持の困難 に関わる可能性が指摘されています。

脳のネットワーク連結性(コネクティビティ)の変化

  • 白質構造 の異常(神経線維の配向やミエリンの問題)により、脳内各領域間の情報伝達の効率が落ちている可能性がある(コネクトーム研究で示唆)。
  • 前頭—後頭、前頭—側頭、あるいは半球間連結が不十分だと、統合的な情報処理が困難になり、幻覚や妄想などの症状が生じやすくなると考えられています。

3. 神経伝達物質仮説

ドーパミン仮説

  • 統合失調症研究で最もよく知られた理論の一つ。
  • 陽性症状(幻覚、妄想など) は、中脳辺縁系ドーパミン経路の過剰活動に起因するのではないかとされる。
  • 一方で、前頭前野などではドーパミンが不足(低活動) している可能性があり、これは認知機能障害や陰性症状(意欲低下、感情平板化)と関連があると考えられています。

グルタミン酸仮説

  • ドーパミンだけでは説明しきれない症状や病態を補う仮説として、近年注目度が高まっている。
  • NMDA受容体 を含むグルタミン酸系の機能不全が、陽性・陰性症状や認知障害の両面に影響している可能性。
  • PCP(フェンサイクリジン)などNMDA受容体を阻害する薬物が、統合失調症に類似した症状を引き起こすことがこの仮説を支持しています。

GABA仮説

  • 主要な抑制性神経伝達物質であるGABAのシステムが統合失調症では不均衡になるという見方もある。
  • グルタミン酸とGABAのバランスが崩れることで脳ネットワークの過剰興奮・混乱 が生じるとされる研究もあります。

4. 遺伝的要因と神経発達仮説

遺伝的素因

  • 家族史があると発症リスクが高まることから、遺伝要因 が強く関与していると考えられています。
  • 近年は、特定の「1つの遺伝子」ではなく、多くの遺伝子多型が小さくリスクを高め合う 形で発症に寄与することが明らかになってきました。

神経発達仮説

  • 統合失調症の発症年齢は思春期から青年期が多い(10代後半から30歳前後まで)。
  • 胎児期や出生後早期の脳の発達プロセスにおける微細な異常 が、思春期以降の脳の再編期に顕在化するという「神経発達仮説」が支持を集めています。
  • 思春期はシナプス刈り込み(シナプスプルーニング)が大きく進む時期であり、遺伝要因や環境要因がこのプロセスを過剰に進めたり不十分にしたりすることが症状に影響する可能性があります。

5. 環境要因と脆弱性-ストレスモデル

  • 出生前・周産期合併症(低出生体重、妊娠期の感染症など)の影響も指摘。
  • 幼少期のトラウマや虐待経験、思春期以降の強いストレス、社会的孤立や薬物乱用などが発症リスクを高める可能性。
  • 遺伝的脆弱性(vulnerability)を抱える個体が、強いストレス環境にさらされることで病態が顕在化するという「脆弱性-ストレスモデル(Vulnerability-Stress Model)」が現在の主流の考え方です。

6. 炎症・免疫仮説

  • 統合失調症を含む精神疾患と慢性炎症、免疫系の変化との関連を示す研究が増えています。
  • 炎症性サイトカインが脳内の神経伝達や神経可塑性に影響を与え、症状の発現や進行に寄与する可能性。
  • 今後、抗炎症薬や免疫調整薬による治療的アプローチが有望とする仮説も研究されています。

7. 治療と脳科学的視点

抗精神病薬

  • 主にドーパミンD2受容体拮抗作用 をもつ薬物(定型、非定型抗精神病薬)が陽性症状の改善に有効。
  • 非定型抗精神病薬(リスペリドン、オランザピンなど)は、ドーパミンだけでなくセロトニン受容体にも作用し、副作用を抑えながら陰性症状への効果にも期待があるとされる。

脳刺激法(rTMS、tDCSなど)

  • 統合失調症の幻覚症状や陰性症状に対して、経頭蓋磁気刺激(rTMS)や経頭蓋直流刺激(tDCS)の適用も試みられている。
  • 前頭前野や側頭葉などの特定の脳領域に刺激を与えることで、異常なネットワーク活動を調整しようとするアプローチ。

認知リハビリテーション

  • 注意、記憶、実行機能など認知機能の改善を目指すトレーニングや作業療法が行われる。
  • 脳科学的には、反復学習や適切な課題 を通じた神経可塑性の活性化が期待される。

心理社会的アプローチ

  • 認知行動療法(CBT)や家族療法、ソーシャルスキルトレーニングなど、社会復帰や生活支援を含む総合的アプローチが重要。
  • ストレスマネジメントや対人関係の維持・構築を通じて、脳の神経回路への過度な負担を防ぎ、再発リスクを抑える。

まとめ

統合失調症は脳構造・機能・神経伝達物質の異常 に加え、遺伝的要因・環境要因・神経発達過程 などが複雑に影響し合って発症すると考えられています。代表的なドーパミン仮説だけでなく、グルタミン酸やGABAの不均衡、神経炎症や免疫機能のかかわりなど、より総合的な視点から病態を解明しようとする研究が進んでいます。
今後の脳科学的研究により、個別の症状や病型に応じた精密医療(プレシジョン・メディシン) がさらに発展し、薬物療法に限らず認知リハビリや心理社会的支援、脳刺激法などを統合した多面的な治療が広まることが期待されています。

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