睡眠は、脳や身体の修復・記憶固定・情動整理など多面的な役割を担う生理現象です。脳科学(神経科学)の視点では、脳内の様々な部位・神経伝達物質・ホルモンが相互に作用し、睡眠の開始と維持、眠りの深さや質をコントロールしていると考えられています。以下では、主なメカニズムや特徴をまとめます。
1. 睡眠の種類とその特徴
1) NREM睡眠(ノンレム睡眠)
- 徐波睡眠(深い睡眠)
ステージ3(旧分類ではステージ3・4)は「徐波睡眠」と呼ばれ、脳波が大きくゆっくりとした波(デルタ波)が現れる。身体の成長や修復、免疫機能の回復に重要と考えられる。 - ステージ1・2
浅い眠りであり、外部刺激で起こされやすい。入眠直後のステージ1では、アルファ波からシータ波へ移行し、ステージ2では睡眠紡錘波(sleep spindle)やKコンプレックスが見られる。
2) REM睡眠(レム睡眠)
- レム(Rapid Eye Movement)
眼球が急速に動く現象が特徴で、脳波は浅い覚醒に近いパターンを示す一方、体幹の筋トーヌスは大きく低下(抑制)している。 - 夢を見る睡眠
夢体験が最も多く・生々しく報告されるのがこの段階。記憶の統合や情動の整理に深く関与しているという説が有力。
3) 睡眠周期
- NREM睡眠とREM睡眠が約90分ごとにワンセットで繰り返される。通常、一晩に4~5回のサイクルが見られる。
2. 睡眠を司る脳の構造
1) 視床下部(Hypothalamus)
- 視交叉上核(SCN)
体内時計(概日リズム)の中枢。光刺激など外部環境の情報を受けて、メラトニン分泌や睡眠・覚醒リズムを調整する。 - VLPO(腹外側視索前野)
主にGABA作動性ニューロンが集まる領域で、覚醒系を抑制して睡眠を誘導する。ダメージを受けると重度の不眠が起こる。
2) 脳幹(Brainstem)
- 上行性網様体賦活系(ARAS)
ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニン、アセチルコリンなどを放出し、脳を覚醒状態に保つシステム。 - 橋(ポン)・延髄
REM睡眠中の筋弛緩や眼球運動を制御する神経核が集中。ここが異常を起こすと、金縛り(睡眠麻痺)や夢中遊行などの睡眠現象が生じやすい。
3) 視床下部外側(外側視床下部)
- オレキシン(ヒポクレチン)産生ニューロン
強い覚醒と関わる神経ペプチド。ナルコレプシーでは、オレキシンニューロンが脱落し、過度の眠気や突然の睡眠発作が生じる。
3. 睡眠と神経伝達物質・ホルモン
1) GABA(ガンマアミノ酪酸)
- 脳内主要な抑制性伝達物質。NREM睡眠時にVLPOニューロンなどから放出され、覚醒系を抑制して眠りに誘う。
- 一部の睡眠薬(ベンゾジアゼピン系、Z薬など)はGABAA_AA受容体の作用を強化して鎮静・睡眠導入を促進する。
2) メラトニン(松果体ホルモン)
- 視床下部のSCNにより日周期(昼夜リズム)の制御を受け、暗くなると分泌が増える「睡眠ホルモン」。
- 夜間のメラトニン分泌は入眠準備を整える役割を持ち、光刺激で分泌が抑制される。
3) オレキシン(ヒポクレチン)
- 覚醒や食欲、代謝調整に関わるペプチド。過剰に活動すると覚醒が続き不眠傾向を招き、欠乏すると逆に過度な眠気(ナルコレプシー)を引き起こす。
4) アセチルコリン・ドーパミン・ノルアドレナリン・セロトニン
- これらは主に覚醒状態を維持し、注意力や気分のコントロールにも関わる。睡眠中には全体的に放出量が低下し、特にREM睡眠中はノルアドレナリン・セロトニンが大きく減少し、アセチルコリンが増える特徴を示す。
4. 睡眠の主な役割
1) 脳と身体の回復
- グリムパティックシステム(Glymphatic System)
睡眠時には脳脊髄液の循環が高まり、老廃物(アミロイドβなど)の除去が促進される。 - 睡眠不足が続くと認知機能や免疫力の低下、精神的ストレスの増加が顕著になる。
2) 記憶の統合・学習
- 日中に得た情報がNREM睡眠やREM睡眠を通して脳内で整理・統合され、長期記憶として定着する。
- 特に海馬を中心に、脳波のリプレイ現象(シータ波・スパインドルなど)が観察される。
3) 情動の再処理
- 睡眠は感情的な体験やストレス反応を整理する役割があるとされ、感情バランスを保つ上でも重要。
- 慢性的な不眠は不安障害やうつ病リスクを高める一因となる。
5. 睡眠障害とその脳科学的背景
1) 不眠症(インソムニア)
- ストレスや生活リズムの乱れ、脳内覚醒系(オレキシン)の過活動、GABA抑制の不足などが要因として挙げられる。
2) ナルコレプシー
- 覚醒維持に必須のオレキシン産生ニューロンの減少・機能障害により、日中の過度な眠気や突然の睡眠発作、カタプレキシー(情動脱力発作)を特徴とする。
3) 睡眠時無呼吸症候群(SAS)
- 睡眠中に呼吸が繰り返し停止・低呼吸状態になる。脳は断続的な低酸素状態をストレスと認識し、覚醒反応が頻発して睡眠が分断され、昼間の眠気や循環器疾患リスクが高まる。
4) 概日リズム睡眠障害
- 夜型生活や光環境の問題などで体内時計が乱れ、入眠・起床のタイミングが大きくずれる。時差ボケや交代勤務などもこの一種である。
6. 良質な睡眠を得るためのポイント
- 光のコントロール
- 朝に十分な太陽光を浴び、夜は強い光(特にブルーライト)を避けるとメラトニンの分泌リズムを維持しやすい。
- 規則正しい生活リズム
- 就寝・起床時間を毎日できるだけ一定に保つ。週末の寝だめはリズムを乱すため注意が必要。
- 寝室環境の整備
- 寝室の温度(やや涼しめが望ましい)、光量、騒音を調整し、快適な睡眠環境を整える。
- 睡眠前のリラックス
- ストレスや興奮状態が続くと睡眠導入が阻害される。就寝前のスマホ使用や激しい運動を控え、マインドフルネスや軽いストレッチなどのリラックス方法を取り入れる。
- 適度な運動・食習慣
- 日中の適度な運動は睡眠の質を高める。カフェインやアルコールは睡眠を浅くする要因になり得るため、タイミングや量を考慮する。
まとめ
睡眠は脳内の視床下部や脳幹にある覚醒システム・抑制システムのバランスと、概日リズム(SCN)や神経伝達物質(GABA、オレキシン、メラトニンなど)の相互作用によって制御されています。NREM睡眠とREM睡眠が交互に繰り返されることで脳と身体を回復させ、記憶の再構築や情動の整理を助ける重要なプロセスです。生活習慣やストレス、光環境の乱れなどによってこの複雑なシステムが崩れると、不眠症や過眠症などの睡眠障害が起こり、健康や日常生活に大きな影響を及ぼします。
良質な睡眠を確保するためには、規則正しい生活リズム、適切な睡眠環境、そしてストレスマネジメントが不可欠です。脳科学の進展により睡眠の仕組みはさらに解明されつつあり、今後も睡眠障害のより効果的な治療法や生活指導が期待されています。