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生きるか死ぬか

芹奈24歳は銀座のクラブ・ホステス、人気ナンバー1.2を競う売れっ子である。美しく、品良く、重役らの気持ちを和ませるため、毎晩指名されている。銀座を舞う「夜の蝶」である。


美しく華やかな芹奈であるが、背景には人知れない辛い過去があった。芹奈は東京の下町に次女として生まれた。父は町工場、母は診療所に勤めていた。父は大酒飲みで、小学校へ上がる頃から朝昼より飲み出し、母へ暴力を振るうようになった。このため、夫婦不仲、喧嘩絶えず、芹奈と姉は常におびえていた。母は看護師として働いているため家におらず、学校から帰ると酔っ払った父が家で寝ていた。父は時に目を覚まし、芹奈や姉に怒鳴り散らすこともあった。その時は家を飛び出し、児童館へ避難した。


小学3年時、母は意を決し、父と離婚、芹奈と姉を連れ、家を出た。母は相変わらず仕事に忙しく、芹奈と姉は寂しく過ごした。学校が終わると学童保育へ預けられた。家の暮らしは豊かと言えず、同級生のように習い事へ通えず、ゲームやマンガも限られていた。母は夜になると帰宅したが、仕事で疲れており、十分な愛情を注げなかった。これは教師や看護師などの「感情労働」という職業にたずさわる人々の特徴である。このため父の暴力から逃げられたものの、こころの隙間は埋まらなかった。


芹奈は中学2年春、朝起きられなくなった。特に学校で何かあった訳ではない。むしろ家は寂しく、学校が安らぎの場所だった。それが突然のことだった。体が鉛のように重く動かなかった。熱もなく、看護師の母に内科を受診したが異常は認められなかった。自律神経失調症という診断書をもらい休んだ。夏休みを経て2学期から登校できるようになったが、学業に遅れをとった。その後も不調は相次ぎ、欠席がちとなった。このため普通高校へ進学できず、通信制高校へ進学した。


芹奈の浮き沈みは高校時代も続いた。寝込むこともあれば、調子良い時は夜遅くまで起き、流行り出した携帯で友達と連絡を取った。学校も行けたり行けなかったりで、6年間かかり卒業した。芹奈の父親はアルコール依存だったが、美男だったため、芹奈も父親譲りの美人となり、思春期になると街中でよく声をかけられた。18歳時、好奇心から六本木のクラブに体験入店した。初めての水商売だった。気分よく、お客と話合い、楽しかった。未成年ながら、飲酒した。美味しかった。これも父親譲りで、いくら飲んでも酔わなかった。ママは喜びレギュラーとした。

芹奈には高校時代に出会った彼氏がいた。初恋・純愛だった。夜の仕事で接待しつつも「こころ」は彼一筋だった。高校卒業した20歳より二人は同居した。彼氏は全国展開しているスポーツジム・インストラクター、イケメン・マッチョで女性にモテた。パーソナル・トレーニングの申し込みも多かった。芹奈は彼氏がジムで女性会員に言い寄られないか心配で仕方なかった。お互いの勤務時間は異なり、すれ違いの増えたこともあった。芹奈は四六時中、メールやラインで「今どうしている、何している」と確認した。彼氏は当初こそ「愛されている」と感じたが、次第に疲れを覚えるようになった。


芹奈23歳、六本木から銀座のクラブへと転身した。それはホステスとして最高の名誉である。地方出身者は、まず新宿のお店に入り、経験を積み、六本木へ移り、認められた者のみが銀座で働けるという。芹奈はある意味、勝ち上がったのである。しかし、不幸が同時に襲った。彼氏が大阪へ異動を命じられたのである。銀座をとるべきか、大阪をとるべきか、芹奈は迷った。彼氏は「会いに来ればいい」と言った。いまにして思うと、「会いに来る」と言わなかったところが、彼氏の本音だったのだろう。


彼氏一筋だった芹奈は毎週末、新幹線で大阪の彼氏宅へ通った。彼氏が夜間残業の際は待ち疲れ、彼氏を責めた。彼氏は自宅の鍵を渡してくれていなかったので、ファミレスで待っていた。平日も「今どうしている、何している」というラインを頻繁に送った。返信・既読がないと、彼氏を責めた。それが繰り返しエスカレートした。ある晩、彼氏より「もう自由にさせてくれ」と言われた。芹奈は理解できず「どういう意味?」と連呼した。彼氏は仕方なく「別れて欲しい」とつぶやいた。芹奈の頭は真っ白になった。それから数分後、涙があふれ「あなたがいなければ生きる意味がない、もう死ぬしかない」と台所の包丁を持ち出し、手首を切った。驚いた彼氏は、包丁を取り上げ、110番通報したのだった。

境界性パーソナリティ障害とは
境界性パーソナリティ障害とは「特徴的な考えや感情を持ち、認知や行動の偏りが大きいために対人関係を円滑に築くことが困難となり、時に自殺未遂や薬物の乱用などの衝動的な行為」をしてしまう病気のことです。

「衝動的な行動・過度に情緒的・一貫性の欠如」が特徴です。他者から見捨てられることを極端に恐れ、常に不安感を抱くと共に、他者の気を引くために常識を逸脱した行動を繰り返し、時には自己を傷つける行為に出ることもあります。他者と非常に不安定な関係しか築くことができず、患者が自分の味方だと思う他者に対しては異常なまでの執着を示す一方、自分の味方でないと認識した途端激しい攻撃に出ることがあります。このため、周囲は患者に振り回され、疲弊します。

男性より女性のほうが発症率は高く、若い世代に多くみられます。境界性パーソナリティ障害は治療が難しいケースが多いですが、中年以降に自然と症状が改善していくことが多いといわれています。

診断基準では以下9項目のうち5つ以上の場合に境界性パーソナリティ障害に該当すると判断します。

  1. 見捨てられる体験を避けようと懸命に努力する
  2. 不安定で激しい人間関係が特徴。他者に対する評価が理想化と過小評価の間で激しく変化する
  3. 常に自己像(アイデンティティ)や自己感覚の不安定さを持っている(同一性障害)
  4. 衝動的に自分を傷つける可能性のある行動をする(薬物乱用や異常な浪費など)
  5. 何度も自殺を試みたり、自分の手首を切りつけたりするなどの自傷行為を繰り返す
  6. 著しく感情が不安定になる
  7. 慢性的に虚しさや退屈を感じる
  8. 思い通りにいかない場合などに激しい怒りを感じ、感情のコントロールができなくなる
  9. 一時的に妄想や重症の解離症状(自分が自分であることの感覚を失った状態。記憶が抜け落ちてしまう、知らぬまに思わぬ行動をしてしまうなど)を生じる

境界性パーソナリティ障害の治療の主体は「精神療法」です。自分の考え方や感じ方の特性を自覚し、周囲との関わり方に問題を引き起こすような行動を理解することが大切です。問題の認識を深め、日常生活への対処を積み重ねることで改善が期待できます。

精神療法だけでは効果が不十分で、強い症状によって日常生活に支障をきたしているようなケースでは、標的とする症状をしっかり定めたうえで薬物療法が補助療法として行われることがあります。

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